No.12, No.11, No.10, No.9, No.8, No.7, No.6, No.5, No.4, No.3, No.2, No.1

010/Altar and Sacrifice


 破魔の矢が飛び交う。

 弔いの湖付近でまだ昼間なのに流れ星が走っている。流れ星は言い過ぎというくらいには遅いか。稲妻みたいには見える。天使と呼ばれるトリ達が私達を見かけると光の矢を飛ばしてくる。トリの体から発する一筋の光が眩しい。
 この一筋の青白い光、すなわち破魔の矢に当たると私達の体は、当たり前だが使い物にならなくなる。
 その中で、こいつらに私達はこの毒を塗った剣一つで立ち向かい戦っている。
 馬鹿馬鹿しいと思っただろ?
 それは私も皆も思っている。思わない奴は馬鹿だ。

 迂回の道は運良くトリ達とは遭遇はしなかった。いや死骸はよく道端に落ちていた。狩った死骸は片付けるのが同業のルールだが、最近誰か、殺しまくっているようで後片付けをするという気配りも無いようだ。
 見てみろ。私が歩いている道なんて白い羽が散らばっていて、道を飾り、また少し歩くとトリの死骸と出会う。
 これで肉料理でもしろとでも?
 私は来た道を振り返ると弔いの湖は小さくなっているが稲妻のような一筋の光が乱射しているのが見える。少し前まではこういう事は起きなかった。
 この「戦友の心臓を持って来い」という頭のいかれた姉の頼み事をしてからだ。
 姉に逆らう事は出来ないのか? って? この末端の兵士に何が出来ようか。冗談がキツい。
 物思いに耽りながらも道なりに歩いていたら、青白く光った。稲妻のような破魔の矢の光が強いという事はかなり近い。私は警戒して木の影に身を隠しながら移動をした。光った方向が目的地の方角だったので避ける訳には行かなかった。

 仕方ない。やるか。

 ミゼリコードを構え直した。刃に光が反射した。
 目を瞑るほどの光が強くなっていく中、天使の羽が柔らかく舞う。天使が誰かを襲って暴れているのか、羽の抜け落ち方が今まで狩って来たがこんなには散らばらなかった。生きている間は。だが多い。
 天使を目視出来るほどの距離に近づいた。地面を見ると散らばっている羽の数が多い。破魔の矢が放たれる度に光り、鷺のような「ギエー! ギエー!」と鳴き声が聞こえ、その後は静まった。

 止んだか?

 私は木の影からそっと現場の様子を見た。トリの形をしている天使達の死骸五匹、惨殺されていた。暴れまわった跡は破魔の矢が飛んでいたと思われる黒焦げの跡が数ヶ所あり、木に当たった場所は木の太い枝は折れては裂け、地面は凹んでその周りは土や石が散らばっている。
 さらに森の開けた土地の奥の方、天使の死骸がある先に人がいた。刀を持って空を仰いでいる女が。
 
 見たことがある。いや、あったばかりほどだ。

 あいつか、あいつだな。

 私は静かにあいつの前に姿を見せ、声をかけた。敵意は無いと言えば嘘にはなるが天使を狩り殺しているのは好感が持てる。顔を見てみたいと思っていたがお前だったか。
 
「やあやあ、さっきぶりだね」

 黒い喪服の女の反応は鈍く、少しの間を置いてから、こちらを見た。
 
「……ごきげんよう」
「襲ったのは許せないけど、介抱ありがとう」

 女の手元の剣を見たら、ミゼリコードとは違う、薬を仕込める事も出来ない普通の刀だった。だが、手入れはされている。それから、彼女が殺したであろうトリの死骸を見た。今までこれでやって来たのか。
 
「帰り道がこの道なんだけど、今まで私が見て来たトリの死骸はあんたがやったのかい?」
「はい、そうです」
 女はゆっくりこちらに向かって歩いて来る。
「見直したよ。寝込みを襲わなければ満点だったけど」
 私はにやりと口元を歪めた。
「誉めているのか、貶しているのか、わかりませんね」
 女は私を睨んだ。
「誉めてるんだよ」
 私は喪服の女の目を見て言った
「ただ、死骸は最低限、道に寄せるとかして片付けて欲しい。掟がある」
 
 女は頭を片手に抱え下げふらつき、ため息混じりでこう言った。

 「片付ける暇なんてありません」

 これはこれは、聞き捨てならない台詞だ。

「暇が無いだって? ぼーっと突っ立っているのはなんだ。このまま、あんたが続けていると……」

 私はトリの死骸に近寄り、頭を片足で軽く蹴って、女の方を見た。蹴った反動で周りに散らばった羽が舞う。女の目が何処を見ているのかがわからない。

「こいつらと変わらなくなる。人でありたいのなら、掟は守れ」

 私は片手に持ったミゼリコードでさらにトリの胴体に勢いよく垂直に刺した。

 「人でありたいのなら?」

 女の目がきらりとミゼリコードの刃に反射した。雲に覆われた薄い日の光が彼女の目を照らす。丸くなっていた背が伸びた。
 
「生け贄が……人扱いされると思いますか?」

 予想外の言葉が返って来た。本当に読めない女だ。

 「生け贄だのなんだのの話をしてるんじゃない」

 空いている片手で頭を抱え、溜め息をついた。こいつに感心したのが間違いだったか。女の目を見たら、さっきまでの、あのどこかに行っているような目ではなく、私を鋭く狙う狩りをする目になっていた。
 目がマジだ。
 女はこちらにゆっくり歩き、私にさらに近づいたので、私はいつでも防衛できるように剣の準備をした。寝込みを襲われた時みたいにはならないだろう。身構えて様子を見ていたら、急に女は立ち止まった。
 「私の妹が亡くなりました」
 喪服の女は急に話し始めた。だが、狩りをする目のままだ。
 本当にこいつがわからない。
 
「それで?」

 ミゼリコードを持つ手は緩めなかった。

 「胸に穴が空いた状態で私が見つけました。それ以外は眠っているかのような状態で」

 風が強く吹き、木の葉や枝がお互いを叩く音が今にも声をかき消しそうだ。
 
「私の妹はあなたと同じ兵士でした。きっと……天使に殺されたのでしょう」
「天に連れて行くのなら、あなたの言うように体もきれいに片付けて連れて行って欲しかった」

 彼女は刀の刃を優しく撫でた。

 「それは御愁傷様」
 思わず私は眉間にシワをよせた。

「妹の遺体が無かったら、現実を見なくても良済んだのに」
「天使達は心臓が特に好きみたいで拘って狙うので、だから、こうして……」

 喪服の女は森の開けた辺り一面のトリの死骸を見回した。風でトリの体の羽が軽く逆立っていた。
 だが動かない。

「狩りまくっていたと」
 私が喪服の女の言葉を遮った。

「それで妹の心臓は見つかったか?」
「見つからないわ」

 彼女の顔はどことなく悲しそうだったが相変わらず目は鋭いままだった。彼女が深く溜め息をつくと偶然なのか風がまた強く吹いた。

「奇遇だね。こっちも大切な友人をつい最近亡くしたんだ」
 
 彼女はまた私の方へ一歩ずつ近づいた。刀は下ろさない。

「私の亡くした友人の名前を教えようか」

 彼女は私の言ったことに返事もしないでそのまま黙ったまま歩く。私と彼女の距離はそれほど無い。私は剣を持っていない方の手で胸の中心に当て、こう言った。
 
「ジェーン・ドゥって言うんだよ」
 
 ミゼリコードの刃はまた雲に覆われた日の光を反射する。風で木の枝や葉の叩きあう音が辺りに響いた。

#AlaterandSacrifice

009/Altar and Sacrifice


 盲目になりたい。

「懐かしいわ」

 辺り一面には白い羽と白い大きい鳥の死骸と赤い花びらが散乱している。自分の足元のたくさんの赤い花びらと白い羽を見て、殺しても殺してもキリがないのかと絶望が私の心に襲う。

 終わりが、終わりが見えない。

 傷が新しいうちに慈悲の雫を一滴、自身に垂らす。一瞬、滲みたが痛みの感覚がなくなる。そして、少しの幸福をもたらしてくれる。体が脱力し、その場で座り込む。黒いロングワンピースとその下の白いロングスカートの裾が赤茶色く変色している。
 
「はぁ……」
 
 顔を曇り空へ仰いだ。雲から射し込む僅かな光が眩しくて温かい。私は立ち上がろうと体がよろめいてしまうので刀を力強く地面に突き刺し、刀の柄を持って体を支えた。
 この慈悲の雫で天使や殺された人はこれより強くて楽になるのかと羨ましく、生きる事は傷だらけになる事だと思った。腰のベルトの小さなポシェットの中の液剤の入った瓶を確認した。残り少なくなってきた。また作らねばならない。ポシェットの蓋をしめた。

 あの時、あの倒れていた兵士から力づくで殺して何もかも奪えば、またどこかへ行ける気がしたけど出来なかった。まだ、あの粗暴な女の肌と傷痕の感触がはっきりと思い出す。
 
 いけない。思い出してはいけない。
 あの方があの場から去ることを許してくれたのだから。
 
 私は刀を支えにし、立ち上がった。弔いの湖の浜には白い羽が乱雑に風によって散らばっている。草木が横になるぐらいの強い逆風で前髪が煽られ少し息苦しい。頭を下に向け、握った刀を眺めた。

 まだまだ狩らねばならない。まだ足りない。
 根絶やしにしてやるとトリの死骸を踏み歩いて越えた。

 集落と教会の人に、目につかないように教会に戻った。湖の近くの教会には裏庭があり、すぐ森になっていて人通りがほぼない。人がいるとすれば庭の手入れや掃除用のバケツの水を捨てる人ぐらいか。
 あまり日の当たらない場所の教会の外壁の際に白いドクダミの花が咲いている。裏口の近くの物置部屋に入り、そこに用意した服に着替えをして、刀は汚れを落とし手入れをしてから薄暗い部屋の奥に隠した。次に斬るために斬れなくなるのは困る。
 教会の広間に出ると私は至って、なんの変哲のない僧侶として振る舞う。ここに祈りに来ている人達は私のしていることは私以外、誰も知らない。目の前にいる私はあなた達の信じているものを狩っているとも知らずに。
 だけど、私はここにいる間はただの人でありたい。
 広間の香が鼻をくすぐり、煙は風に乗って開いた扉へ向かいながら、私の体を巻いていった。

「ビルギット、どこ行ってたの?」

 私の名前を呼んだのは両目の部分に包帯をしている黒髪のショートボブで、体型は痩せ気味で服装は綿性のいかにも病人が着るような寝巻き用のワンピースだった。
 
「お仕事で少しお出かけしてました」

 嘘は言ってはいない。

「今日、やっとあなたの声が聞けたわ。心細くて仕方なかったよ」
 
 曇り空で薄暗く、よく分かりにくかった。昼間過ぎあたりのようだ。今日は時間が過ぎるのを早く感じる。

「私はいつだって、ここにいますよ」
「ほら、すぐ天使に連れて行かれそうな事言ってる」

 エリカという盲目の娘はそう言って、広間のベンチに勢いよく座り込んだ。連れて行かれそうなのはどっちだか。

「仕事って、前言ってた倒れてた人のこと?」
「関連はありますね」
「えー何その曇らせた言い方!」

 この調子でエリカは失明したのにも関わらず彼女は明るく振る舞っている。彼女なりの心配させないための振る舞い方なのだろう。

 「倒れていた方は無事、回復して出発しましたよ」
「それは良かった!」
 
 エリカは静かに笑い、祈るように両手を合わせた。

 あの女に祈るのか。
 
 私は自分の後ろにある顔が蝋で覆われた女神像を見上げた。女神像の足元には祈りに来た人達がお供え物をしたり、焼香をしている。焼香の焼け焦げた臭いがまた鼻をくすぐった。今度は両目を奪われた娘の方に顔を向け、私は盲目の彼女に聞いた。
 
「エリカはもし、自分の信じていたものに裏切られていたことに気づいたら、どうするの?」

 私はゆっくり喋った。エリカの両手と頭を下げた。

 「難しいね。だけど、信じていた事に否定はしたくないかな」

 盲目の娘は私を見上げるように顔を上げた。見上げたのは女神像の方かもしれない。
 
「意地悪ね」

 エリカはそう言い、その声は弱々しく小さかった。
 決めた。狩りの続きをしよう。
 私はまた裏庭の入り口の方に向かって歩きだす。

「ねぇ! ビルギット、どこへ?」

 エリカは置いていかれまいと勢いよくベンチから立ち上がった。私は声をかけられたので立ち止まった。

 「お仕事の続きですよ」
 私はエリカに振り向き、言った。
 「私はいつだって、ここにいます。必ず戻って来ますから」

 香の煙がいつもより色濃く私の体を包み、そのまま教会を後にした。この時、私の前にはエリカが見えなくなった。

#AlaterandSacrifice

008/Altar and Sacrifice


 天使が群れをなしている。

 遠くから見た光景は白い鷺や白鳥やらアヒルやらが湖の畔でトリの群れが休息するために止まっているように見えるが、あれらが魚か虫や水草を食べているのではなく、人を、人の亡骸を啄んでいる。

 この湖は名も知らぬ身寄りのない者を弔う場所として、こうして天使に食べさせている。人の遺体を食べさせる事で亡き者を天に連れていってもらうという考えだそうだ。
 湖の畔の遺体の側には大事に花や線香などのお供え物を置かれているが、天使達は、そんなものはお構い無しに遺体を食い散らかしている。食い散らかした体の欠片が供え物の花の赤い色と似ているからか、赤い薔薇の花びらのようだった。これのどこが天に連れていってもらえると思えるのかが私には到底理解出来ない。

 湖からの様子をざっと見て、トリは二〇匹ぐらいはいる。面倒だな、さてどうするものか。

 私があの生臭坊主に看護された教会から歩いて森を抜け、ここの湖に出た。
 湖の名は弔いの湖という。
 私からすれば弔っているようには見えない。何度でも言う。規模の小さい湖で中央の方に小島が点々と三つある。一つは木や草花が生えている島で、もう二つは岩肌の島、湖の畔は砂浜の陸地に島の向こう側の岸は険しい崖になっている。空は曇りで湖の色はどんよりとした曇の色で水面から今にも霧が発生してもおかしくない景色だ。
 以前、私は白薔薇隊であれらを駆除する仕事をしたが酷かった。現場は食い散らかした遺体の欠片と臭いがまだまだ記憶に新しい。あの生臭坊主のいる教会の近くに集落があり、そこの住民の一人が天使に襲われ、その住民が両目を失明した被害があった。被害を食い止めるために奴らを駆除した。
 駆除の最中に「天使を殺すとは罰当たりな」と信者達が暴徒と化し、部隊の一人が防衛で信者三人を殺めた。一般の人には手を出すなという命令があるが、そのまま殺される訳にはいかなかった。
 殺めた事がきっかけで沈静化したのが何とも言えなかった。私達が命令とはいえ、一般の人に手を出さないと鷹をくくったのだろう。
 それで何を思ったのか、同胞の一人のそいつは、この仕事が終わった後に行方を眩ました。行方を眩ました同胞をヴィクトリア隊長は気にかけていたが気のせいだろう。あの姉にそんな物は持ち合わせていない。

 私は辺り一面を見渡し、また弔いの畔に目を向けた。
 トリは相変わらず遺体を貪り食べている。辺りには食い散らかした肉片が赤い花びらのように散らばっている。私はもう少し、きれいに食べられないのかと思ったが、すぐに頭から追い出した。やはり私はここが好かない。剣を固く握った。

 黄金色になって枯れたガマや葦が水に刺さるように群生している。その黄金色の草の隙間から白い鳥ような物があちらこちらに小さい点を描くように覗いた。
 やはり多い。一人で相手にできるような数ではない。相手にしない方がいい。静かにこの湖から離れる事にした。トリのいる方向とは真逆に迂回をした。来た事があるので道がどこに繋がっているのかはわかる。

 しばらく道なりに行くと白いトリの羽が草むらに散らばっていた。
 運が悪いな。ここもか。
 こいつらの死骸があると、仲間思いなのか、臭いにつられてなのか、すぐ集まる。別の道に行きたいが拠点に戻れる、この湖周辺の道はこの迂回の道しかない。ミザリコードの引き金を指で軽く押し当てながら歩いた。
 散らばった羽を辿ると元の羽の持ち主の死骸があった。白鳥や鷺ぐらいの大きさだ。珍しい事にこの死骸の周りには他の仲間がいなかった。ただ、変わっている事はこの天使の死骸の腹が人為的に刃物で斬り裂いたような裂け方をしている。
 斬り方がきれいだ。手慣れている。
 仲間か他の同業かと考えを巡らせた。こいつの死骸の傷口をさらに観察した。傷口の肉に混ぜ返したような痕跡があった。
 何のために?
 次にトリの目を確認した。目が無い。
 天使には階級があり、目がないものは一番下の階級らしく、一番数が多い。他の生命とこいつらが違うのは腐らない事だ。腐らないものは只者ではない。
 片足でトリの死骸の頭を軽く蹴った。ぴくりとも動かない。
 よし、大丈夫だ。
 もう一度来た道を振り返った。仲間が死んでいるのも知らずに、人の遺体を相変わらずトリは食い散らかしていた。そのトリの死骸を横目に静かに私は通り過ぎた。
 気になる事は、こいつを斬り殺した奴の顔が見たいと思った。気が合いそうだ。
 私はまた剣を固く握った。
 
#AlaterandSacrifice

007/Altar and Sacrifice


 白薔薇隊、それは女王に仕える兵士の部隊。

 この白薔薇隊の兵士達の武装衣は特徴的で、頭には陣笠と鳥を模した鉄の仮面を被り、腰には白い革製の貞操帯をつけている。紋章は薔薇の花。白薔薇なので当たり前か。
 更に特徴的な物が白薔薇隊の剣が刃に薬を満たす作りになっている。獣や人に斬りつけると斬りつけた所から麻痺する。痛みすらもだ。薬の量が多ければ意識を飛ばして眠らせる。
 それがこの剣、慈悲の一撃、ミゼリコードである。
 なぜ、このような作りをしている剣を携えている部隊を作ったのかは、死に間際だけでも楽をさせてやろうという考え方なのだろう。業を背負っている、この土地の考え方が私にはよくわからない。
 そんな部隊を指揮しているのはヴィクトリア隊長である。

 「ジナヴラ、命令だ」

 隊長の冷たい声が二人しかいない部屋を凍らせた。
 ヴィクトリア隊長は銀色の金属製の仮面を被っている。仮面の形は鳥のフクロウを模したような形に繊細な草花の模様を彫った職人の技巧が光る逸品だ。それに紺色のコートに軍服を着ている。仮名の後頭部からは青い長いリボンが垂れている。
 顔は見えない。顔を知る者は私しかいない。だが、仮面の下の表情は何となく、私には想像ができる。

「ジナヴラ、ジェーン・ドゥの心臓を取ってこい」

「姉上……いや……、隊長、それは」

 動揺を隠せなかった。隊長の背後には大きい窓が並び、窓から射し込む光が逆光で隊長を影に包みこんでいる。

「それは……出来ない」

 振り絞って出た言葉がこれだった。
 同胞の、しかも友人の心臓を取って来いと言われ、「はい」と言えるだろうか? いや、無い。どんなに頭がイカれた奴でも躊躇はするはずだ。心があるなら。一度、木造の床を見てから、冷たい仮面を見た。

「出来ない?」

 鉄仮面は私の方に向いている。鉄仮面の手は腰にぶら下げている鞘から剣を抜き出し、丁度、私の胸に指した。

「姉である私の命令は絶対だ」
「出来ない」

 姉はジリジリと私に詰め寄り、私の胸に剣を当てた。私は白い革製の胸当てをつけていなかったので剣の鋭く冷たい硬さが制服の上から伝わった。私は両手で優しく手の平が傷つかないように剣を掴んだ。
 鉄の鳥は日の光を冷たく返す。剣を持つ手は固い。

「友の心臓を奪うぐらいなら、私のにしてくれ」

 剣を掴む手が強くなった。このまま剣を引いたら、手のひらが斬れるぐらいに。
 引き金を引く音が部屋に響いた。このミゼリコードと言う剣は引き金を引くと剣についているシリンダーの中に入っている液剤が刃に伝わせてから使う。逆に引き金を引かない時、相手は苦しむ事になる。
 目の前の鉄の鳥は何も言わず、こちらを見ている。微動だにしない。
 手も。私は目を閉じ、覚悟を決めた。これなら出来ると。
 両手で掴んだ剣から温かい水と冷たい水が伝ったのをこの手に感じ取った。胸に冷たい異物が服と肌を越えて骨肉を鋭くなぞった。

「ジナヴラ、お前は祭壇者だ」

 鉄の鳥が言葉を発した同時に、私は片手で剣の刃を持ちながら、膝をつき、前に倒れ込んだ。前に倒れ込んだおかげで剣がさらに深く刺さる。目の前が霞む。
 倒れた私を鉄の鳥は冷たく見下ろす。差し込んでくる光が淡くも私に刺さる。
 鉄の鳥は私の体から剣を引き抜いた。冷たく硬い鋭い異物が生温くなり、引き抜いた所の感覚が残る。引き抜いた所の隙間が空気に触れて傷口が冷たく残る。

「私達は業によって、生きながらえている」
 
 鉄の鳥はゆっくりと私の元へかがみ、自分が斬り刺した場所に手をつっこんだ。

「っ……!」

 中の物を探すようにかき混ぜられ、湿った音が響いた。

 気持ち悪い。

 声を出したつもりでいたが、聞こえていないのか出せていなかったのか鉄の鳥はお構いなしだった。ミゼリコードの薬のおかげでか、痛みは感じなかった。慈悲とは何なのだろうか。

(姉は最初から私のを取る気でいたのか。いや、私がお願いした事だから当たり前か)
(これなら、どうか、これで……)

 私の体の中に入っている手の動きが止まり、ゆっくりと引き抜いた。私は霞む目を精一杯見開いた。鉄の鳥の真っ赤に染まった手には何も残っていなかった。

「ハァ……ハァ……」
「あ……! あぁ……!」

 喋りたいが声にならない。
 鉄の鳥は立ち上がった。ミゼリコードを赤く染まった右手に持ち、引き金を引く。刃についた血は溶液によって洗い流され、私の開けられた傷口に薬を垂らした。姉である鉄の鳥はまた、私を見下ろしてこう言い放った。

「これがあなたの業の形だよ」

 朦朧としている中、聞き取れた言葉はそれだけだった。私は霞んでいく姉を見た後、目を瞑った。
 
#AlaterandSacrifice

006/Altar and Sacrifice


 剣は光を返す。

 私が介抱されている寝室で待ってくれということで生臭坊主の女が部屋から急いで出ていった。
 あの女がいない内に、このまま何もかも置いて出ていこうかと一瞬考えたが、剣だけはどうしても置いていけなかった。信用ならないが、あの様子だと嘘は言っていないように見えたので怪我人らしく大人しくしていることにした。

 待っている間に窓から外の様子を見た。青々と茂っている木々が目に飛び込む。どうやら森の中のようだ。
 森の木々に目を凝らすと小川が水面を日で光らせている。私が倒れた泉とはさほど遠くないようだ。窓の外の下を見ると人がちらほらいる。
 その人達の格好が白いベールを被り、金の輪がついた数珠を持って、この屋敷、いや教会の入り口へ入っていった。けっこうな数の信者が列をなしていた。
(熱心だな)
 後からドアを開ける音がしたので窓を背にした。
 喪服の、いや、生臭坊主がちゃんとこの手で服と一緒に持ってきた。生臭坊主の顔を見るとやはり無表情で読めない。顔はジェーンに似ているが苦手だ。
「お返しします」
 生臭坊主の女はそっと静かに私の目の前の机に置いた。置いた時の音が重かった。
 私はミザリコードの柄から刃まで優しく撫でた。刃こぼれはないようだ。溶液を入れるシリンダーも壊された形跡はなし。そのかわりにあの忌々しいトリやら、私の血やらがついていない。私の目の前にいるジェーンに似た女がきれいにしてくれたのだろう。
 私はミザリコードを手に持った。金属の塊が軽いなんて事はないが、心なしか、いつもより軽く感じた。
 窓から射し込む日の光を剣は刃で返した。反射した光は目の前の女に射した。

 信用出来るのはこの剣だけだ。

「言ったとおりにしてくれたんだ。ま、介抱してくれたことには感謝する」
 私は片手で持った剣を静かに下ろし、寝台の横にかけた。
「ありがとう」
 喪服の女は目を丸くさせた。ウサギが狩られる前みたいな顔をしている。
「ただ、病んでいる人に盛るのは、勘弁してくれ」
 自分の畳まれた服に手をかける。服も本当にきれいに洗濯してある。広げた時に石鹸と臭い消しの草花の混ざった独特な香りが広がった。
 私が介抱されていた部屋は教会の二階にあるので下に降りた。木造の廊下と階段が色濃くなった木は年月を感じる。建ってからは大分古いのだろう。大事に手入れもされている。
 降りたすぐに教会の中心部となる礼拝堂に出た。礼拝堂の長椅子は規則正しく、縦に二列ずつ幾つも並び、祈りに来た人たちはまばらに座っている。後にした礼拝堂の香炉の煙とお香と共に風が私の背中を押した。
 外に出ると天気は曇りにも関わらず、眩しく感じた。ふと、あの介抱してくれた女の事が気になって教会の大扉の方へ振り向いた。
 
 いなかった。
 
 アレは、見送ることはなかった。
 私は何を考えているのだろう。介抱しといて襲ってきたではないか。最初から、そういう目的だったんだ。だが、不可解なのは私が寝込んでいる時にそういう事をしてこなかったのがどうにも引っかかる。胸に冷たい手が這う感覚を思い出し、思わず胸の部分を強く抑え込んだ。

 ジェーン・ドゥの一部は私の中にある。
 あれは奪おうとしていた。
 渡さない。忘れるな。

 私は教会から立ち去った。最後に遠くから見た信者たちは何も知らずに祈りを捧げている。

#AlaterandSacrifice

005/Altar and Sacrifice


 傷口がしみる痛みで目が覚めた。
 
 見覚えのない白い石造りの天井と壁が見える。簡易だが清潔にした白いシーツの寝台の上に私はいた。光が射しているアーチ状の形をした窓の方を見ると昼のようだ。窓の近くに木製のチェストがあり、さらに部屋の奥の方を見ると蝋燭が灯っている祭壇があった。
 祭壇の女神像の周りには花が備えられている。部屋は広い方だが、壁に沿って置かれた本や何かしらの雑貨が置かれた棚と寝台で空間を圧迫している。
 どれも年期が入っている。この部屋の空間が圧迫している原因は部屋の奥の祭壇が原因のようだ。

 仰向けのまま手を動かして、胸の傷を触ろうとした。木綿で出来たベージュの布の寝間着を着せられていた。服を捲り傷口を触った。
 
「んっ……」
 
 痛みで思わず声が出てしまった。傷口は塞がっていない。誰かに抉られているかを確認した。生々しい感触が手先に残る。 痛みで足をもぞもぞと動かしてしまう。

「傷口を触ると悪化しますよ」

 話しかけられたので声の方を見る。
 
「ジェーン……なのか?」

  ジェーンと似ている容姿。
 だが違う。
 ジェーンは兵士で、目の前にいる彼女は袖の二の腕にガラスの透明なビジューの装飾をほどこされた黒いロングワンピースを着ている。僧侶か。


「傷口を触るぐらいに会いたい人?」
「もう、いないがね」

 私はもう一度、傷口を触った。

 「失礼。口が過ぎました。傷口を抉るのはよしておきます。それと……」

 ジェーン・ドゥに似た僧侶は怪訝そうな顔をしながら、部屋の奥の祭壇を少し見てから、また私の顔を見た。
 
「あなたは、兵士ですのでここに居られるのは傷が癒えるまでです。癒えたら出て行って下さい」
「癒えてなくても出ていくつもりだ。私の持ち物はどこだ?  今すぐに出ていく」
 
 それだったら私を最初から見放せばよかろう。上半身を起こし、部屋のあたりを見回す。自分の剣が見つからない。服もだ。横目で黒い服の女を見た。表情も変えずにいる。無愛想な女だ。
 寝台から降りようとしたら、僧侶は私を勢い良く寝台へ押し返した。私は寝台の上で倒れた。黒い服の女は仰向けの私を上に胸の傷口に耳を下にして頭を乗せた。

「……私が寝ている間にそうすればよかろう。溜まってるのか?  動かないから好きにしろ」
 諦めでため息をついた。

 着替えさせたのなら、この体の傷痕を見ているはずで何も思わないのだろうか。物好きもいるものだ。
 女は寝間着の裾を腹に優しく這わせながら捲った。手先が冷たく、傷痕に優しい。腹がはだけ、乳房に布が差し掛かるところで胸の真ん中あたりの傷口に手が止まった。 手が冷たい。傷口から手を動かさない。

 「どうした?  萎えたか?」
 
 女は頭を傷口から、ゆっくり離れ、私の顔に視線を向けた。

「……兵士さん、あなたの中のは、誰のですか?」
「私の剣を持ってくるか……」
 
 女を右側に勢い良く押し退けて一回、回した後、女の腕を掴んで体の上に素早く股がって乗った。動けないように。
 
「一緒に寝るかのどちらかで教える」
 
 服をひん剥かれたおかげで格好がつかない。喪服の女は表情をひとつたりとも変えない。喪服の女は息を吐き、それから私の目を見た。
 
「持ち物を持ってこい。それからだ」
 
#AlaterandSacrifice

004/Altar and Sacrifice


 祭壇は生け贄を力にする。

 祭壇は器のようなものだ。だが生け贄を生かすのも祭壇である。
 この国の神々がいなくなったのだから、祭壇が生け贄を肉と血にしなければならない。そういう理なのである。この鏡の国では。生け贄は名も知られない者が、祭壇と契りを交わす。

 ジェーン・ドゥは生け贄で。
 私は祭壇で。

 泉の前にして、泉に写る自分を確認をした。これは酷い、返り血だらけだと。
 短く束ねた淡い色の金髪は血で赤褐色の所があり、固まっている。肌も血が伝って通った道ができ、それに病人みたいな青白い肌と目の下の隈と鋭い目付きで赤い瞳が強調される。
 ジェーンからは生まれつきの私の目を石榴石みたいできれいだとよく誉めてくれたなと手元に抱えた彼女の一部を見て思い出した。だが、今の私には自分が化け物に見えた。
 兵士服は一番下にワインレッドのシャツ、シャツの上には白の革製の胸当てに、ダークブラウンの布のズボンに革製のロングブーツに銀の貝殻の形のした膝宛。
 更に特徴的な物は右腕の赤地に白い薔薇の腕章と服と同じ色の外套。腰には、剣や武器やら納める鞘とベルトをつけているが、もうひとつ鍵が外れた白い革と銀色の金属の貞操帯を履いている。白の胸当てとマントはどうしても汚れるが、それ以外は色が全体的に暗く、汚れが目立ちにくいのが幸いした。血で固まって束になった髪の毛を軽く引っ張った。

 陣笠を被ってくれば良かったか。

 禊をするために着けている装備を外し、服を脱いで泉の水で髪を洗った。血生臭さは取れないが不快感がいくらか解消された。続けて体も泉に浸かる。自分の腹には戦いで出来た傷痕がいくつもあり、触ると傷痕の凹みと盛り上がる手のひらでの感触の不快感は消えない。

 私は祭壇。

 腹の傷痕を触り、ジェーンの心臓を手に持ち、眺める。

「ジェーン・ドゥの心臓を取れ。命令だ。彼女は供物者だ」

 ヴィクトリア隊長が私にそう命令をした。本当にこれで良かったのだろうか。いや、これで良かった。仕事だ。

「…………」

 服と一緒に置いてあるミゼリコードが視界に入った。置いてある岸辺に近づき、泉から出ないでそのまま剣を取った。刃は月明かりを反射する。

 いざというときは、同胞に殺してもらえればいいか。

 胸に剣をあてる。生き物や人、天使を幾度も斬ったが自分となると躊躇をしてしまう。

 慣れろ。

 思いきって、胸を縦に斬り裂いた。斬り裂いた胸の中はあるはずの物が無く空洞になっている。自分でもわかる。

「うっ、ぐぅっ……」

 呻きながら、ジェーンの心臓を自分の中にいれるため、胸の穴に心臓ごと手を突っ込み、入れたあとは自分の血で汚れた手と泉が赤く染まった。剣に仕込まれている薬のお陰でか、楽に出来た。

「はぁ……はぁ……!」

 目を瞑り、自分で空けた穴と傷痕を触る。傷口を触ると湿ってくっついた後、空気を含んだ開く音がした。

 痛い。
 
 これでしばらくは天使からの強奪には抵抗しやすくなるだろう。
 急に片膝がよろめいたので、泉から出た。地面に片膝をつき、目を瞑る。

 ……。
 剣の薬が効いてきたか。

 血で汚れた服と剣を抱きかかえたまま、私はその場で横になった。

 もし天使が来たら、寝てでも叩き斬ってやる。
 渡さない。
 
#AlaterandSacrifice

003/Altar and Sacrifice


 ジェーン・ドゥの墓となった襤褸家は雑木林に囲まれている。

 襤褸家の周りには私とジェーンで一緒に花の種を蒔いた白い花畑がある。どこから来たのかわからない野草の黄色や桃色などの花も混じって咲かせている。
 ここの木に止まっている鳥たちは普段、朝になると鳴き声が重なりにぎやかでうるさい。鳥の鳴き声が墓と化した家から出た時、一斉に鳴く。私の体を刺すように、月明かりも私を刺し、私の姿が暗闇から浮き上がる。

 花畑の向こう側にこの領域から出る道がある。私は花を踏みつけながら歩いた。歩いた後の花は茎が折れ、緑の道が出来る。花は意外と丈夫だ。見た目とは裏腹にただ枯れるのを待つだけでなく、生きようとする強さがある。花を踏みつけながら花畑を抜けた。
 花畑を抜け雑木林の道に進む。虫の鳴き声や動物の鳴き声が聞こえず、静かだった。風が木々を通り抜ける音だけがする。
 その時、木から何か大きく羽ばたく音と共に降りる音がした。木から降りてきたのは白い鷺か白鳥のような大きい鳥が私の目の前に通すまいと翼を広げて、「ギェー、ギェー」と汚い鳴き声をあげている。
 一目見るとこの世の鳥ではないと分かる。だが私の見えている世界には存在してしまっている。その証拠にこの鳥には目が三つに翼が四つだ。翼を広げて威嚇のつもりなのか何度も羽ばたくような動きをする。羽も抜け落ちる。

 しまった。天使だ。

 私は慈悲の剣・ミゼリコードを強く握る。剣の刃と柄の間についたシリンダーの中の液体の残量を軽く目視をする。

 大丈夫、まだある。

 銀色の剣の柄の引き金を引く。引き金を引くと刃にしかけてあるシリンダーに入った薬、液剤が降りてくる仕掛けとなっている。もちろん、シリンダーの液剤が空でもそのまま剣として使える。
 刃の管から液剤が降り満たされ、刃に滴る。片手で剣を振り払い、滴を飛ばした。
 天使は私の持っている親友の心臓を狙っている。内密にやってきたつもりだが、どこから嗅ぎ付けて来たのか。天からの使いはお見通しと言わんばかりに立ちはだかる。

 渡すまい。約束をしたのだから。

 天使、いやトリと呼ぶことにしよう。
 トリは破魔の矢を射つ。白い流れ星のような光を一閃射つ。それに当たると勿論、人体は破損するし、最悪打ち所が悪ければ、死ぬ。破魔の矢を人に射って効くかはこの国の人の業に因るものらしい、が私からすれば、そんな事はどうでもいい。
 トリは四枚の翼を広げ、白い長い首を天に向けて伸ばしている。このトリは破魔の矢を射つことが出来る下から、2番目の天使のようだ。
 夜風が木の葉を叩く音を鳴らせている。

 遅い。

 トリの首に目掛けて、ミゼリコードを振るう。流れ星ほどの動きは出来ないが突発的に動いた。
 トリが鳴き声を上げ、翼をはためかせながら首を間一髪のところを避け、変わりに自慢らしい翼と矢を斬り捨てた。破魔の矢は私に当たらず、後ろの花畑の上を通り、雑木林の木に当たった。その衝撃で木の上で眠っていた鳥たちは鳴きながら影を作り飛んでいった。
 天使にも天使なりのプライドがあり、翼を失うぐらいなら潔く首を差し出す話を聞いたことがあるがこいつはそうじゃないようだ。トリは翼があった所をもごもごと芋虫みたいに動かしては、赤い花びらを撒き散らしている。動転しているようだ。
 二回目、首を目掛けて剣を横に切り払う。
 トリはまた光る矢を射とうとしたが私が先に首をはねた。頭と体は二つに別れ、切り口からは赤い花びらをどくどくと脈打ちながら撒き散らしている。

 念には念を。

 鳥の躯、先ずは頭を刺した。次にはご自慢の翼、残り三枚を切り離す。脚を切り離し、腹を切り裂く。
 腹の中から、トリと一体化した人の手らしき物が出てきた。これを何を意味するかは私には関係ない。
 トリの眼を確認した。
 
 眠っている。よし。

 片腕の中の赤く染まったガーゼの中を確認し、親友の心臓がまだ、ここにある事に安心した。浴びた赤は相変わらず乾かずに体温をかすかに奪う。冷たさと寒さが心地いい。

 白い羽と赤い花畑を踏みつけて歩き出す。
 振り返らない。花は強いのだから。
 
#AlaterandSacrifice

002/Altar and Sacrifice


 現実を見なければならない。

 月明かりの夜は空気の冷たく、私の体は月明かりの光が暖かく感じるほどに錯覚に陥る。
 なぜなら、目の前には親友の遺体が木の机の上に丁寧に安置してあるからだ。テーブルは丁度、大人の女が横たわられるぐらいの広さだ。彼女の小柄な体にはきれいに収まる。机は使い込まれて傷だらけだ。
 友人の遺体の胸に刃で刺して切った深い傷に、その部分はあるはずの臓器はなく、空になっている。あるはずの物の臓器がない。
 なぜなら、空いた場所にあった物は私が刺して切って心臓を取り上げたからだ。
 だから今の私の両の手は親友の血で染まっている。なんなら頭も顔にも血を浴びている。さっきまで生暖かったが早くに冷め寒い。親友の血は取られた臓器を取り返すように私の体温を奪う。寒く感じて仕方がない。

 私、ジナヴラが親友を殺した。これには変わりはない。

 青白く動かなくなった親友、彼女の名前はジェーン・ドゥと言う。石造りにわれた窓ガラスから差し込む月明かりと夜風は動かなくなった彼女を弔う。ジェーンの金髪は僅かに風に揺れるだけだった。
 私は動かなくなった親友を眠りやすそうな体勢にし、さらにきれいに髪と服をなるべくきれいに整えた。
 そして私は前髪をどかして額に軽く口づけをした。唇や傷口にと考えたが踏みとどまった。それ以上の事をしといて何を踏みとどまっているのだろう。だが、やはりやめた。
 右手には慈悲の剣、左手には白かったガーゼ。白いガーゼのハンカチに親友の心臓を包んでいる。寒くないように。
 人気が無くなったこの襤褸家には要がなくなった。私は生け贄を捧げる前に殺したから、この場を去らなければならない。傷だらけで少し青緑に錆びた冷たい銀色のドアノブに手をかけて、名残惜しく振り向いた。思い出もあり、後ろ髪を引っ張られる気持ちである。しかし、無情にもこの襤褸家の中は静まり返っている。
 崩れた白い土壁、クモの巣がついた掃除の行き届いていない天井の木、二人で散々踏んだ木の床、質素な木製の椅子や箪笥、焦げあとがある調理用暖炉のレンガ、日用品の棚。年月が経っている。
 その年月を破壊するかのように部屋の中央に置かれた親友の遺体を乗せた机。
 一通り見てから私ジナヴラはこの襤褸家から出た。剣と心臓は忘れず手放さないように。
 ジェーン・ドゥは私が。

#AlaterandSacrifice

001/Altar and Sacrifice


 女神の涙に見立てた神酒を杯に満たしては祭壇に。
 泣き止まぬ女神の首を斬った花の女神の代わりとなる薔薇と百合を祭壇に飾る。
 飢えた愛しい人逹へ、甘い眼を与えすぎた女神の眼球を真珠に見立て飾る。
 愛は目には見えないので生け贄の心臓を祭壇に捧げる。

 これが、祈祷台に捧げる事が、これで何かが起こるものでもない。
 しかし、人であれば。

 悲母トランメディセインよ!
 何故、私の愛する人が生け贄なのか。何故、私が祭壇なのかを教えてほしい。
 愛する人だった生け贄を前にして、剣を握りしめた私の手が震えている。

#AlaterandSacrifice