No.8, No.7, No.6, No.5, No.4, No.3, No.2, No.1

006/Altar and Sacrifice


 剣は光を返す。

 私が介抱されている寝室で待ってくれということで生臭坊主の女が部屋から急いで出ていった。
 あの女がいない内に、このまま何もかも置いて出ていこうかと一瞬考えたが、剣だけはどうしても置いていけなかった。信用ならないが、あの様子だと嘘は言っていないように見えたので怪我人らしく大人しくしていることにした。

 待っている間に窓から外の様子を見た。青々と茂っている木々が目に飛び込む。どうやら森の中のようだ。
 森の木々に目を凝らすと小川が水面を日で光らせている。私が倒れた泉とはさほど遠くないようだ。窓の外の下を見ると人がちらほらいる。
 その人達の格好が白いベールを被り、金の輪がついた数珠を持って、この屋敷、いや教会の入り口へ入っていった。けっこうな数の信者が列をなしていた。
(熱心だな)
 後からドアを開ける音がしたので窓を背にした。
 喪服の、いや、生臭坊主がちゃんとこの手で服と一緒に持ってきた。生臭坊主の顔を見るとやはり無表情で読めない。顔はジェーンに似ているが苦手だ。
「お返しします」
 生臭坊主の女はそっと静かに私の目の前の机に置いた。置いた時の音が重かった。
 私はミザリコードの柄から刃まで優しく撫でた。刃こぼれはないようだ。溶液を入れるシリンダーも壊された形跡はなし。そのかわりにあの忌々しいトリやら、私の血やらがついていない。私の目の前にいるジェーンに似た女がきれいにしてくれたのだろう。
 私はミザリコードを手に持った。金属の塊が軽いなんて事はないが、心なしか、いつもより軽く感じた。
 窓から射し込む日の光を剣は刃で返した。反射した光は目の前の女に射した。

 信用出来るのはこの剣だけだ。

「言ったとおりにしてくれたんだ。ま、介抱してくれたことには感謝する」
 私は片手で持った剣を静かに下ろし、寝台の横にかけた。
「ありがとう」
 喪服の女は目を丸くさせた。ウサギが狩られる前みたいな顔をしている。
「ただ、病んでいる人に盛るのは、勘弁してくれ」
 自分の畳まれた服に手をかける。服も本当にきれいに洗濯してある。広げた時に石鹸と臭い消しの草花の混ざった独特な香りが広がった。
 私が介抱されていた部屋は教会の二階にあるので下に降りた。木造の廊下と階段が色濃くなった木は年月を感じる。建ってからは大分古いのだろう。大事に手入れもされている。
 降りたすぐに教会の中心部となる礼拝堂に出た。礼拝堂の長椅子は規則正しく、縦に二列ずつ幾つも並び、祈りに来た人たちはまばらに座っている。後にした礼拝堂の香炉の煙とお香と共に風が私の背中を押した。
 外に出ると天気は曇りにも関わらず、眩しく感じた。ふと、あの介抱してくれた女の事が気になって教会の大扉の方へ振り向いた。
 
 いなかった。
 
 アレは、見送ることはなかった。
 私は何を考えているのだろう。介抱しといて襲ってきたではないか。最初から、そういう目的だったんだ。だが、不可解なのは私が寝込んでいる時にそういう事をしてこなかったのがどうにも引っかかる。胸に冷たい手が這う感覚を思い出し、思わず胸の部分を強く抑え込んだ。

 ジェーン・ドゥの一部は私の中にある。
 あれは奪おうとしていた。
 渡さない。忘れるな。

 私は教会から立ち去った。最後に遠くから見た信者たちは何も知らずに祈りを捧げている。

#AlaterandSacrifice

005/Altar and Sacrifice


 傷口がしみる痛みで目が覚めた。
 
 見覚えのない白い石造りの天井と壁が見える。簡易だが清潔にした白いシーツの寝台の上に私はいた。光が射しているアーチ状の形をした窓の方を見ると昼のようだ。窓の近くに木製のチェストがあり、さらに部屋の奥の方を見ると蝋燭が灯っている祭壇があった。
 祭壇の女神像の周りには花が備えられている。部屋は広い方だが、壁に沿って置かれた本や何かしらの雑貨が置かれた棚と寝台で空間を圧迫している。
 どれも年期が入っている。この部屋の空間が圧迫している原因は部屋の奥の祭壇が原因のようだ。

 仰向けのまま手を動かして、胸の傷を触ろうとした。木綿で出来たベージュの布の寝間着を着せられていた。服を捲り傷口を触った。
 
「んっ……」
 
 痛みで思わず声が出てしまった。傷口は塞がっていない。誰かに抉られているかを確認した。生々しい感触が手先に残る。 痛みで足をもぞもぞと動かしてしまう。

「傷口を触ると悪化しますよ」

 話しかけられたので声の方を見る。
 
「ジェーン……なのか?」

  ジェーンと似ている容姿。
 だが違う。
 ジェーンは兵士で、目の前にいる彼女は袖の二の腕にガラスの透明なビジューの装飾をほどこされた黒いロングワンピースを着ている。僧侶か。


「傷口を触るぐらいに会いたい人?」
「もう、いないがね」

 私はもう一度、傷口を触った。

 「失礼。口が過ぎました。傷口を抉るのはよしておきます。それと……」

 ジェーン・ドゥに似た僧侶は怪訝そうな顔をしながら、部屋の奥の祭壇を少し見てから、また私の顔を見た。
 
「あなたは、兵士ですのでここに居られるのは傷が癒えるまでです。癒えたら出て行って下さい」
「癒えてなくても出ていくつもりだ。私の持ち物はどこだ?  今すぐに出ていく」
 
 それだったら私を最初から見放せばよかろう。上半身を起こし、部屋のあたりを見回す。自分の剣が見つからない。服もだ。横目で黒い服の女を見た。表情も変えずにいる。無愛想な女だ。
 寝台から降りようとしたら、僧侶は私を勢い良く寝台へ押し返した。私は寝台の上で倒れた。黒い服の女は仰向けの私を上に胸の傷口に耳を下にして頭を乗せた。

「……私が寝ている間にそうすればよかろう。溜まってるのか?  動かないから好きにしろ」
 諦めでため息をついた。

 着替えさせたのなら、この体の傷痕を見ているはずで何も思わないのだろうか。物好きもいるものだ。
 女は寝間着の裾を腹に優しく這わせながら捲った。手先が冷たく、傷痕に優しい。腹がはだけ、乳房に布が差し掛かるところで胸の真ん中あたりの傷口に手が止まった。 手が冷たい。傷口から手を動かさない。

 「どうした?  萎えたか?」
 
 女は頭を傷口から、ゆっくり離れ、私の顔に視線を向けた。

「……兵士さん、あなたの中のは、誰のですか?」
「私の剣を持ってくるか……」
 
 女を右側に勢い良く押し退けて一回、回した後、女の腕を掴んで体の上に素早く股がって乗った。動けないように。
 
「一緒に寝るかのどちらかで教える」
 
 服をひん剥かれたおかげで格好がつかない。喪服の女は表情をひとつたりとも変えない。喪服の女は息を吐き、それから私の目を見た。
 
「持ち物を持ってこい。それからだ」
 
#AlaterandSacrifice

004/Altar and Sacrifice


 祭壇は生け贄を力にする。

 祭壇は器のようなものだ。だが生け贄を生かすのも祭壇である。
 この国の神々がいなくなったのだから、祭壇が生け贄を肉と血にしなければならない。そういう理なのである。この鏡の国では。生け贄は名も知られない者が、祭壇と契りを交わす。

 ジェーン・ドゥは生け贄で。
 私は祭壇で。

 泉の前にして、泉に写る自分を確認をした。これは酷い、返り血だらけだと。
 短く束ねた淡い色の金髪は血で赤褐色の所があり、固まっている。肌も血が伝って通った道ができ、それに病人みたいな青白い肌と目の下の隈と鋭い目付きで赤い瞳が強調される。
 ジェーンからは生まれつきの私の目を石榴石みたいできれいだとよく誉めてくれたなと手元に抱えた彼女の一部を見て思い出した。だが、今の私には自分が化け物に見えた。
 兵士服は一番下にワインレッドのシャツ、シャツの上には白の革製の胸当てに、ダークブラウンの布のズボンに革製のロングブーツに銀の貝殻の形のした膝宛。
 更に特徴的な物は右腕の赤地に白い薔薇の腕章と服と同じ色の外套。腰には、剣や武器やら納める鞘とベルトをつけているが、もうひとつ鍵が外れた白い革と銀色の金属の貞操帯を履いている。白の胸当てとマントはどうしても汚れるが、それ以外は色が全体的に暗く、汚れが目立ちにくいのが幸いした。血で固まって束になった髪の毛を軽く引っ張った。

 陣笠を被ってくれば良かったか。

 禊をするために着けている装備を外し、服を脱いで泉の水で髪を洗った。血生臭さは取れないが不快感がいくらか解消された。続けて体も泉に浸かる。自分の腹には戦いで出来た傷痕がいくつもあり、触ると傷痕の凹みと盛り上がる手のひらでの感触の不快感は消えない。

 私は祭壇。

 腹の傷痕を触り、ジェーンの心臓を手に持ち、眺める。

「ジェーン・ドゥの心臓を取れ。命令だ。彼女は供物者だ」

 ヴィクトリア隊長が私にそう命令をした。本当にこれで良かったのだろうか。いや、これで良かった。仕事だ。

「…………」

 服と一緒に置いてあるミゼリコードが視界に入った。置いてある岸辺に近づき、泉から出ないでそのまま剣を取った。刃は月明かりを反射する。

 いざというときは、同胞に殺してもらえればいいか。

 胸に剣をあてる。生き物や人、天使を幾度も斬ったが自分となると躊躇をしてしまう。

 慣れろ。

 思いきって、胸を縦に斬り裂いた。斬り裂いた胸の中はあるはずの物が無く空洞になっている。自分でもわかる。

「うっ、ぐぅっ……」

 呻きながら、ジェーンの心臓を自分の中にいれるため、胸の穴に心臓ごと手を突っ込み、入れたあとは自分の血で汚れた手と泉が赤く染まった。剣に仕込まれている薬のお陰でか、楽に出来た。

「はぁ……はぁ……!」

 目を瞑り、自分で空けた穴と傷痕を触る。傷口を触ると湿ってくっついた後、空気を含んだ開く音がした。

 痛い。
 
 これでしばらくは天使からの強奪には抵抗しやすくなるだろう。
 急に片膝がよろめいたので、泉から出た。地面に片膝をつき、目を瞑る。

 ……。
 剣の薬が効いてきたか。

 血で汚れた服と剣を抱きかかえたまま、私はその場で横になった。

 もし天使が来たら、寝てでも叩き斬ってやる。
 渡さない。
 
#AlaterandSacrifice

003/Altar and Sacrifice


 ジェーン・ドゥの墓となった襤褸家は雑木林に囲まれている。

 襤褸家の周りには私とジェーンで一緒に花の種を蒔いた白い花畑がある。どこから来たのかわからない野草の黄色や桃色などの花も混じって咲かせている。
 ここの木に止まっている鳥たちは普段、朝になると鳴き声が重なりにぎやかでうるさい。鳥の鳴き声が墓と化した家から出た時、一斉に鳴く。私の体を刺すように、月明かりも私を刺し、私の姿が暗闇から浮き上がる。

 花畑の向こう側にこの領域から出る道がある。私は花を踏みつけながら歩いた。歩いた後の花は茎が折れ、緑の道が出来る。花は意外と丈夫だ。見た目とは裏腹にただ枯れるのを待つだけでなく、生きようとする強さがある。花を踏みつけながら花畑を抜けた。
 花畑を抜け雑木林の道に進む。虫の鳴き声や動物の鳴き声が聞こえず、静かだった。風が木々を通り抜ける音だけがする。
 その時、木から何か大きく羽ばたく音と共に降りる音がした。木から降りてきたのは白い鷺か白鳥のような大きい鳥が私の目の前に通すまいと翼を広げて、「ギェー、ギェー」と汚い鳴き声をあげている。
 一目見るとこの世の鳥ではないと分かる。だが私の見えている世界には存在してしまっている。その証拠にこの鳥には目が三つに翼が四つだ。翼を広げて威嚇のつもりなのか何度も羽ばたくような動きをする。羽も抜け落ちる。

 しまった。天使だ。

 私は慈悲の剣・ミゼリコードを強く握る。剣の刃と柄の間についたシリンダーの中の液体の残量を軽く目視をする。

 大丈夫、まだある。

 銀色の剣の柄の引き金を引く。引き金を引くと刃にしかけてあるシリンダーに入った薬、液剤が降りてくる仕掛けとなっている。もちろん、シリンダーの液剤が空でもそのまま剣として使える。
 刃の管から液剤が降り満たされ、刃に滴る。片手で剣を振り払い、滴を飛ばした。
 天使は私の持っている親友の心臓を狙っている。内密にやってきたつもりだが、どこから嗅ぎ付けて来たのか。天からの使いはお見通しと言わんばかりに立ちはだかる。

 渡すまい。約束をしたのだから。

 天使、いやトリと呼ぶことにしよう。
 トリは破魔の矢を射つ。白い流れ星のような光を一閃射つ。それに当たると勿論、人体は破損するし、最悪打ち所が悪ければ、死ぬ。破魔の矢を人に射って効くかはこの国の人の業に因るものらしい、が私からすれば、そんな事はどうでもいい。
 トリは四枚の翼を広げ、白い長い首を天に向けて伸ばしている。このトリは破魔の矢を射つことが出来る下から、2番目の天使のようだ。
 夜風が木の葉を叩く音を鳴らせている。

 遅い。

 トリの首に目掛けて、ミゼリコードを振るう。流れ星ほどの動きは出来ないが突発的に動いた。
 トリが鳴き声を上げ、翼をはためかせながら首を間一髪のところを避け、変わりに自慢らしい翼と矢を斬り捨てた。破魔の矢は私に当たらず、後ろの花畑の上を通り、雑木林の木に当たった。その衝撃で木の上で眠っていた鳥たちは鳴きながら影を作り飛んでいった。
 天使にも天使なりのプライドがあり、翼を失うぐらいなら潔く首を差し出す話を聞いたことがあるがこいつはそうじゃないようだ。トリは翼があった所をもごもごと芋虫みたいに動かしては、赤い花びらを撒き散らしている。動転しているようだ。
 二回目、首を目掛けて剣を横に切り払う。
 トリはまた光る矢を射とうとしたが私が先に首をはねた。頭と体は二つに別れ、切り口からは赤い花びらをどくどくと脈打ちながら撒き散らしている。

 念には念を。

 鳥の躯、先ずは頭を刺した。次にはご自慢の翼、残り三枚を切り離す。脚を切り離し、腹を切り裂く。
 腹の中から、トリと一体化した人の手らしき物が出てきた。これを何を意味するかは私には関係ない。
 トリの眼を確認した。
 
 眠っている。よし。

 片腕の中の赤く染まったガーゼの中を確認し、親友の心臓がまだ、ここにある事に安心した。浴びた赤は相変わらず乾かずに体温をかすかに奪う。冷たさと寒さが心地いい。

 白い羽と赤い花畑を踏みつけて歩き出す。
 振り返らない。花は強いのだから。
 
#AlaterandSacrifice

002/Altar and Sacrifice


 現実を見なければならない。

 月明かりの夜は空気の冷たく、私の体は月明かりの光が暖かく感じるほどに錯覚に陥る。
 なぜなら、目の前には親友の遺体が木の机の上に丁寧に安置してあるからだ。テーブルは丁度、大人の女が横たわられるぐらいの広さだ。彼女の小柄な体にはきれいに収まる。机は使い込まれて傷だらけだ。
 友人の遺体の胸に刃で刺して切った深い傷に、その部分はあるはずの臓器はなく、空になっている。あるはずの物の臓器がない。
 なぜなら、空いた場所にあった物は私が刺して切って心臓を取り上げたからだ。
 だから今の私の両の手は親友の血で染まっている。なんなら頭も顔にも血を浴びている。さっきまで生暖かったが早くに冷め寒い。親友の血は取られた臓器を取り返すように私の体温を奪う。寒く感じて仕方がない。

 私、ジナヴラが親友を殺した。これには変わりはない。

 青白く動かなくなった親友、彼女の名前はジェーン・ドゥと言う。石造りにわれた窓ガラスから差し込む月明かりと夜風は動かなくなった彼女を弔う。ジェーンの金髪は僅かに風に揺れるだけだった。
 私は動かなくなった親友を眠りやすそうな体勢にし、さらにきれいに髪と服をなるべくきれいに整えた。
 そして私は前髪をどかして額に軽く口づけをした。唇や傷口にと考えたが踏みとどまった。それ以上の事をしといて何を踏みとどまっているのだろう。だが、やはりやめた。
 右手には慈悲の剣、左手には白かったガーゼ。白いガーゼのハンカチに親友の心臓を包んでいる。寒くないように。
 人気が無くなったこの襤褸家には要がなくなった。私は生け贄を捧げる前に殺したから、この場を去らなければならない。傷だらけで少し青緑に錆びた冷たい銀色のドアノブに手をかけて、名残惜しく振り向いた。思い出もあり、後ろ髪を引っ張られる気持ちである。しかし、無情にもこの襤褸家の中は静まり返っている。
 崩れた白い土壁、クモの巣がついた掃除の行き届いていない天井の木、二人で散々踏んだ木の床、質素な木製の椅子や箪笥、焦げあとがある調理用暖炉のレンガ、日用品の棚。年月が経っている。
 その年月を破壊するかのように部屋の中央に置かれた親友の遺体を乗せた机。
 一通り見てから私ジナヴラはこの襤褸家から出た。剣と心臓は忘れず手放さないように。
 ジェーン・ドゥは私が。

#AlaterandSacrifice

001/Altar and Sacrifice


 女神の涙に見立てた神酒を杯に満たしては祭壇に。
 泣き止まぬ女神の首を斬った花の女神の代わりとなる薔薇と百合を祭壇に飾る。
 飢えた愛しい人逹へ、甘い眼を与えすぎた女神の眼球を真珠に見立て飾る。
 愛は目には見えないので生け贄の心臓を祭壇に捧げる。

 これが、祈祷台に捧げる事が、これで何かが起こるものでもない。
 しかし、人であれば。

 悲母トランメディセインよ!
 何故、私の愛する人が生け贄なのか。何故、私が祭壇なのかを教えてほしい。
 愛する人だった生け贄を前にして、剣を握りしめた私の手が震えている。

#AlaterandSacrifice