No.22, No.21, No.20, No.19, No.18, No.17, No.16, No.15, No.14, No.13, No.12, No.11, No.10

020/Altar and Sacrifice


 祝詞。
 
 弔いの湖付近の教会は今日も香を焚き、祭壇に花や香をそえ、何なら他の人が持ってきた採れたての野菜や果物を供えたりと祭壇はにぎやかだ。外は快晴で陽の光がステンドグラスからよく射し込んでいる。 私も供え物をしに、この生臭僧侶、元白薔薇隊の兵士のいるこの教会にやってきた。
 持ってきたのは、はちみつの甘いお酒に、白い百合の花と白い薔薇に、剣を。これを供えに来た。
 さて、あいつはいるかと探したら、すぐに見つかった。祭壇の前で礼拝しに来た人達を誘導し案内をしている。黒い僧侶服はいつもなのか、はたまたそれしかないのか。毎日、顔が蝋に覆われて顔を見せない無愛想な女神像の祭壇の前に案内しているのが、何となく皮肉に思えてくる。私は祭壇へ足早と歩いた。
 剣を持っているせいか、仰々しく見られ、他の人達の視線を集めているのが私に他の人達の視線が刺さる。あの僧侶もこちらの姿を見た時には釘付けになり固まっていた。
 無理もない。動揺はするだろう。私、ジナヴラは銀色のフクロウの仮面を着けて、ここにやって来た。 私は祭壇に着き、剣を先に供え、つぎに白い百合と白い薔薇を供え、最後は甘い蜂蜜のお酒だ。
 瓶からあけないと女神も飲めないだろう。いや、顔が蝋で覆われているから元より飲めないか。
 私は元白薔薇隊ビルギットと言う僧侶に話をかけた。ビルギットの表情が険しくなっている。
「お酒を供えたいのだが、器か杯はあるかな?」
 私は要望を言いながら、辺りを見渡した。
「こちらになります」
「どうも」
 ビルギットは私に真鍮の杯を渡し、私は祭壇に置いて、杯に甘い蜂蜜のお酒を注ぎながら祝詞を呟く。
「女神の涙に見立てた神酒を杯に満たしては祭壇に」
「泣き止まぬ女神の首を斬った花の女神の代わりとなる薔薇と百合を祭壇に飾る」
「飢えた愛しい人逹へ甘い眼を与えすぎた女神の眼球を真珠に見立て飾る」
 杯は甘い蜂蜜のお酒で満たされた。私は祝詞を続けた。
「愛は目には見えないので生け贄の心臓を祭壇に捧げる」
 私は祝詞を淡々と呟き終わり、そして銀のフクロウの仮面を外す。
「調子はどう?」
 私は何気なしに訪ねた。
「あなたこそ」
 ビルギットはどこか嬉しそうな上ずった声を出した。が、私の慣れ親しんだいつもの彼女に戻った。
「心がなくて良かった、と言ってたじゃないですか」
 いつものビルギットが私の目の前にいた。
「心がなくても、人でありたいから掟を守るものだ」
 私は仮面をつけ、祭壇から背を向けて歩く。
 白薔薇隊の掟、人死を弔う事。
 私はどうもこの祝詞が好きじゃないようだ。教会の窓から入ってきた風が強く私の背中を押した。

#AlaterandSacrifice

019/Altar and Sacrifice


 ジェーンの心臓。

「ジナヴラ!」
「ジナヴラ!」
 声が聞こえる。このキツそうで澄んだ声が私に呼びかける。
 しまった。また目を瞑ってしまった。この声はビルギットか。
 私はビルギットに肩を背中を揺さぶられている。私はあの時、ビルギットにやられた事を思い出し、咄嗟に 立ち上がった。ビルギットはその勢いで突き飛ばされた。立ち上がる前の私はなぜか、胎児の座りをしていた。
「お前に介抱されるのは……信用ならないよ」
 勢いよく急に立ったおかげで頭がくらついた。くらつきながらも状況判断のため、辺りを見回した。見るところに私が天使を滅したらしい。
 エリカを。セージを。
 証拠に斬った心臓が私の手元にあった、というより抱いていた。エリカの心臓を真っ二つに切られた心臓を持っている。さらに自分の足元を辿って見ていくと、私を中心に大きな花びらが6枚、樹の天使は六方向に割けて床に広がっている。そして、私の爪先から真っ直ぐ丁度の花びらの先にエリカとは別の心臓が落ちていた。
 しかもそれは心臓にいくつもの穴が空いていて、一部翼に変形した物だった。
 私は黙って、エリカとぼろぼろの心臓を二つ、ビルギットに渡した。二つの心臓を渡されたビルギットはスカートの裾で大事に包んで持った。
 そう言えば姉は? ヴィクトリアは?
 さらに急いで見回した。見回して振り向くと銀のフクロウが大広間の入口の前で立っていた。姉のヴィクトリアだ。
 ヴィクトリアの周囲には天使の羽が散らばっていた。姉の足元にはセージの上半身が打ち捨てられていた。エリカの体は見当たらなかった。何故かセージだけ、体が残っていた。
「ビルギット、私は姉に用がある。邪魔はしないでくれ」
 私は冷たく言った。
 ビルギットは大人しく引き下がった。私はエリカとセージだった花の樹から出ていく。
 姉に用がある。顔面の片方を殴りたいぐらいに。私はミゼリコードを構え直した。
「姉貴、最後に用がある」
 私は声を張り上げ、剣で銀のフクロウであり白薔薇隊隊長でもあり、姉ヴィクトリアに指す。私は続けた。口を挟まれまいと。
「ジェーンの心臓をかけて、私ジナヴラはヴィクトリアに決闘を申し込む」
 私はヴィクトリアの胸に剣で指した。
 そうだ。取り返しに来た。
 ヴィクトリアは腕組みをずっとしていたが腕組みをやめ、足元にあったセージの遺体を抱きかかえ、邪魔にならないように壁際に横たわらせて置いた。また元の位置までに歩いて戻り、ミゼリコードを構えた。
「受けて立とう」
 ヴィクトリアは一歩ずつ、ゆっくり歩き、私もヴィクトリアに向かって一歩ずつゆっくり歩く。
 同胞の遺体に囲まれた大広間は明け方の空になって、白んでいく。月は下がり、日が見え始めた。風が決闘の合図と言わんばかりに強く吹き、羽と血の花びらが舞い上がる。
 私とヴィクトリアは、その時同時に走り出し、剣を構え振り上げる。剣と剣がぶつかり合う。刃の擦れる音が鳴り響いて、お互いの目を睨む。ヴィクトリアが剣を力強く私の剣を押し弾いて、間合いを取った。私も下がり間合いを取る。
 姉は銀のフクロウの仮面を外して床に捨て置いた。金属の仮面の落ちてぶつかる音が鳴り響く。
「来なさい。妹よ」
 ヴィクトリアはそう言って、剣を私の方に向けて指すような形で構える。
 声色は冷たく無意識で、顔は本当に久しぶりに見る。前はぼやけて見えなかったが今ははっきり見える。私と同じ少し寒色の入った金髪に前髪は右側にかき上げ流し、後ろ髪は紺色のリボンで上にまとめている。輪郭は痩せ気味で頬が痩け、目は猛禽類のように鋭く、眉は細い。
 昔、見た姉の素顔だ。
 こちらも動かず、ヴィクトリアも仮面を外しただけで動かない。私はミザリコードをまた構え直し、剣の引き金を引き、剣の刃を慈悲の雫で潤した。シリンダーの中の液剤は空になった。
 その瞬間、ヴィクトリアが風のように飛び出し私の胸目掛けて、ミゼリコードで刺そうとした。
 私はヴィクトリアの剣を自分の剣で受け止めて、力いっぱい弾き返し、怯んだ隙に姉の左の腹を横撫に斬り、ヴィクトリアから私は過ぎた。ヴィクトリアのミゼリコードは彼方に飛んで地に刺さった。
 沈黙が続く。私は振り返った。
 姉は倒れていなかったが、左の腹に血が滲み、傷口を押さえている。銀の左手と左脚は血で染まり、赤い独特の光を放っていた。
「この体の不自由さよ」
 ヴィクトリアはこちらを見つめ微笑み、自身の胸の傷に手を押し込んだ。
 さすがに内部までまだ薬が行き届いていないのか、苦しそうな声を出している。
 私はただ見ていることしか出来ない。
「ジナヴラ、返そう。このジェーン・ドゥの心臓を」
 そう言い、唸り声を上げ、自分でジェーン・ドゥの心臓を、胸の傷から取り上げ倒れた。胸の穴からは大量の血が流れ出ている。姉の手には力なく、ジェーン・ドゥの心臓が手の平に乗っている。
 私はジェーンの心臓と姉のフクロウの仮面を拾い上げた。
 取り返せられた。もういい。もう、これでいい。
 ジェーンはもう帰って来ない。
 私はビルギットにジェーンの心臓を渡した。
 決闘ごっこを終始見られて恥ずかしくなったが、もう私に必要無くなった。だからビルギットに返す事にした。ビルギットは驚いた顔で見つめ見上げている。
「姉妹、なんだろう? じゃあ、これはビルギットに必要な物だ」
 大広間の出口の方を見ながら私は言った。次に。
「私に心が無くて良かったよ」
 捨て台詞を吐き、砦の大扉から射す光の中へ歩み、消えていく。
 砦から出た時に風が強く吹き、赤い花びらがどこからともなく散って吹き上がり、あの教会で焚く香の香りも贈られるように香った。

#AlaterandSacrifice

018/Altar and Sacrifice


 羽衣に包まれ、心の臓は高鳴る。剣は鋭く。
 
 本当に格好がつかない。護衛してやるとか言っといて、このザマだ。
 大広間一辺、セージがエリカに接触した瞬間、強い光が発した。眩しさのあまり一瞬目を瞑ったが腕で光を遮りながら、目を細めて様子を見た。しっかりと。
 セージとエリカが光っている間に起きたことがあった。
 銀のフクロウがセージをミゼリコードで胸部を刺していた。刺した時にセージとエリカから発した光は消えたのだ。その時に。だが、銀のフクロウが刺したセージとエリカの姿は変わり果てていた。刺したのはもうセージではなくなった物だった。
 セージとエリカがくっつき、上半身から下は混ざり、樹のようになっている。体中、羽毛や翼がいくつも生え、二人の脚だったものは鳥の足の独特な肌でさらにいくつも重なって生え、長年生きてきた樹のようになって太く固まっている。この世の物とは思えなかった。 そのくらい、変形が激しかった。
 ただ、セージとエリカの顔だけは安らかに眠っている顔と上半身が残っている。
 それを銀のフクロウがセージの上半身だけを自らの剣で刺していた。 銀のフクロウ、ヴィクトリアは血の花びらを浴びている。
「セージ、私は甘かった」
 仮面の下のくぐもった声はどこか冷たくも優しかった。
 私は押さえていたビルギットの方を見ると、彼女は祈るようにひたすら「エリカ」と呟き続けている。
 私はフクロウの仮面を被っているヴィクトリアに声をかけ叫んだ。
「姉貴! どういう事だ!!」
 私は声を荒げた。 今にも姉の顔面の片方を殴りたいのを我慢している。
「ジナヴラ、お前はここにいるべきでない!」
「ビルギット、お前もだ!」
 姉は冷たく返してきた。
「答えになっていない!! 何だよ! これは!!」
 私は剣でヴィクトリアの手前にある物を指した。
「こいつか? 目をくり抜かれた供物者の末路だ」
 ヴィクトリアはビルギットの方から私の方まで視線を移す。そしてセージとエリカの天使の樹に視線を向けた。
 ヴィクトリアはまた繰り返す。
「私が甘かった」
「私がセージとエリカを処する」
「ジナヴラ、ビルギット、お前達は退け」
 仮面の下の声は震えてはいなかった。
 私にも姉のヴィクトリアに用がある。退くわけにはいけない。この状況下は酷だが丁度いい時に目の前にいる。言うことはもう聞かない。
 
 返せ。ジェーンの心臓を!
 
 私はビルギットを押さえつけるのを止め、立ち上がり剣を強く握った。その時、剣についているシリンダーの中の液剤の残量を確認した。未だ少しだけ残っている。ニ、三回斬りつけたら終わりだろう。だとしたら後ニ本。
「退けだと?」
「私は先程ビルギットとエリカを護衛してやると言った。そしたらこうだ。格好がつかなかった」
「それで退いたら、もっと格好がつかなくなるじゃないか。ヴィクトリア姉様よ」
 皮肉混じりにこう呼んでやった。
「一生、格好がつかなくなるのならな」
 フクロウの仮面は呟いた。
 一方、ビルギットは相変わらず「エリカ」と繰り返し呟いていたので、私はうんざりして、ビルギットの片方の右の頬を殴った。鈍い音がし、ビルギットは同胞の遺体の山の方へ飛んだ。ビルギットは右の頬を抑えながら立ち上がった。そして刀を持ち、こちらをあの時の鋭い目で睨みつけてきた。
 だが、その目には涙を溜めていた。
 ヴィクトリアの方を見ると後方に姿が変わり果てたエリカとセージの天使の樹から距離を取っていた。私がビルギットに殴っている間にいつの間にか樹が大きく広がっていた。
 私とビルギットが少しの間の見ないうちに樹は成長し、広がっていく。広がり方が早いので遠くへ距離を取った。
 エリカとセージの安らかな顔はそのままに樹の部分がどんどん大きくなっていく。枝には翼と羽がいくつも着き生い茂り。その枝の先には花の蕾がついた。色は白っぽく、薄い肉色をしていて、春先に咲く木の花を連想させる。
 私とビルギットは慎重に観察を続けた。翼の枝の蕾を見ると開花した。花が咲いた。開花した花の形は百合の花のようだ。開花したその時、花から青白い光を発し、矢の形状になった。
「破魔の矢だ!」
 私は見て焦り叫んだ。
 一番初めの開花の破魔の矢は私とビルギットを狙って放ってきた。私は左側へ、ビルギットは右側に間一髪で回避した。ビルギットの黒服の袖が少し焦げた後を残した。破魔の矢はセージが眠っていた月明かりの瓦礫の山に当たり、焦げた跡と砂埃を残した。
 エリカとセージの樹は蕾と花を次から次へとつけ、破魔の矢を放つ。
 私とビルギットとヴィクトリアは回避するため、走る。
 こんな物がこのままにしていれば、私達どころか、他の人達にも被害が及ぶ。この忌々しい天使の樹が成長し続けるのなら、この地域に危険が及ぶ。私の勘がそう叫んでいる。
 私とビルギットは一緒に時計周りに走り、私は剣をビルギットは刀を、構え、いつでも破魔の矢をかわすために。
 頭上から羽と赤い花びらが降ってきた。上を見るとヴィクトリアが天使の樹の上に登っていた。登った位置が丁度セージの近くの枝にいた。そこの枝についてる花と翼が無くなっていた。
 ヴィクトリアはセージ目掛けて、枝の上を駆け寄りセージを上半身ごと斬った。切り口からは赤い花びらと透明な水が流れ出た。ヴィクトリアは斬ったセージの上半身を片手で持ち、さらにセージの胸に切り裂き、手を突っ込んだ。丁度、心臓当たりに。
「セージの心臓が無い!」
 ヴィクトリアが叫んだ。
 叫んだ瞬間、他の花が開花し、破魔の矢がヴィクトリア目掛けて放たれた。ヴィクトリアは破魔の矢を回避するために花がついている枝に飛び乗り、花と翼を剣で刈った。白い花びらと羽が散る。刈った花はヴィクトリアに目掛けて破魔の矢を放った花だった。ヴィクトリアはまた花を刈り始めた。
「心臓は!? セージの心臓はどこだ!?」
 ヴィクトリアは叫ぶ。
 ヴィクトリアが叫んでる合間にいつの間にかビルギットも天使の樹の上にいた。丁度エリカの近くの枝に飛び乗っていた。
 だが、ヴィクトリアとは違い、目に涙を溜め刀が震えていたことだった。戸惑いがある。ビルギットはエリカだった物の胸を縦に斬った。ビルギットが意を決した所に供物者であるエリカの心臓を取ろうとした瞬間、ビルギットの後ろの枝に突如蕾がつき、花は開花した途端、青白い光を発した。 ビルギットはそれに気がついていない。
 私は体が咄嗟に動き、ビルギットの後ろの花の方へ飛び乗り、ビルギットを樹から突き落とした。ビルギットは背中から落ちた。
 私は枝が垂れるのを利用し下に避けた。そして、私はエリカの元に行き、ビルギットがつけたエリカの胸の傷に手を突っ込んだ。私は片手でシリンダーを回し、ミゼリコードの刃を慈悲の雫で潤した。残り一本。
 片手でエリカの心臓を探る。生々しい感触が未だ慣れない。

 何処だ? 何処にある?

 片手で探っているうちに、私はエリカだった物の体の内部から片手に強く引っ張られたので抵抗した。力強く。それも虚しく、私はエリカの中に引きずられていってしまった。
「ジナヴラ!!」
  二人の叫び声が聞こえた。が、もう遅い。
 言ったとおりに退く事は出来ない。もう終わりだと。天使の樹の中に私は完全に飲み込まれてしまった。
 エリカの体を切る前に少しだけ顔を見たが本当に安らかな顔だった。直に私もそうなるのだとしたら、らしくない。退けぬのなら、前に進むしかない。

 何処だ? エリカの心臓はどこにある?
 叩き斬ってやるから待ってろ!
 
 私は今の状況に腹を立てていた。
 天使の樹の中は水のようなもので満たされていて、内側は肉が植物の繊維質のように縦に並んでいて、さらに中心にはいくつ物の管が無数に並んでいた。おそらく枝や翼や花に繋がるものだろう。
 私はエリカとセージの心臓を探すために目の前にある幾つものの管を剣で斬って進んで泳いだ。斬った管からは泡が出てきていて、視界の邪魔になっている。だが、斬らないと前に進めない。
(眠くなってきた。目が霞んでくる!)
 急がねばならないと必死に手探りで探し斬って行く。
 私はこの天使の樹の中の水は、このミゼリコードの慈悲の雫と同じ効果のある水だと判断した。
 急がねば息が続かなくなるか、眠るかのどっちかでしか無い。こんな目に合ってたまるかと。
(何処だ!)
 私は無我夢中に剣を持っていない方の手で探す。すると、管とは違う感触の物に触れた。
 私は触れた物にミゼリコードで突き刺した。
 その時、白い光に包まれ、私は眩しさのあまりに目を瞑ってしまった。まだ目を瞑る訳にはいけない。目を細め、腕で光を遮り見る。
 その時見たものは自分がミゼリコードで突き刺したエリカの心臓と目の前にジェーンがいた。
 ジェーンは微笑みながら、光と共に飲み込まれて泡のように消えていった。この水が見せる幻覚なのかはわかっている。
 私はそのまま光に包まれながら、瞼を閉じてしまった。

#AlaterandSacrifice

017/Altar and Sacrifice


 供物来たり、天使となり。
 
「ビルギット!」
 盲目の少女が名を叫ぶ。ビルギットと。
 砦が崩落した瓦礫の中を歩いてきたのは確かだ。とても危険な場所と不釣り合いに少女がいる。盲目の。少女の両目は傷跡があり、閉じている。
 風がまた吹き叫ぶ。少女の声と共に。 ビルギットの方を見ると目を見開き、少女の方を見ている。また、彼女の刀を持っている手は強く、強く握っている。
 手の震えを抑えるために。彼女は盲目の少女に叫ぶ。
「来るな!」
 ビルギットは叫んだ後、しまったと言わんばかりに手を口に当てた。
「どうして来ちゃ駄目なの? ビルギット? どうして!?」
 少女は遠くから質問をしてくる。
 私から見て、この盲目の少女は大事にされて来たのだろう。それがわかると同時に羨ましさを覚えてしまった。
 盲目の少女はビルギットの言うことを聞かず、こちらに向かって走って来た。よく見ると裸足で包帯を両足に巻いていた。裸足は傷だらけだった。 
「エリカ、来ちゃ駄目って……」
 ビルギットは力なく言う。 
 どういう関係だ? これは。
 少女がこんなところにいては危険だ。いるべき場所じゃない。 しかし、不自然だ。
 盲目の少女はビルギットの元へ辿り着いてしまった。声を頼りにしたのだろう。私は少女に話かけた。 
「ガキ、何でここにいる? ここは危険だ」
 私は冷たく言った。
「ガキって名前じゃないわ! エリカよ!」
 少女は私に名前の訂正をまくしあげてきた。
 私は事情がわからなかったのでエリカと言う少女に質問をする。 
「わかった。それはすまない。君はエリカと言ったね。君はビルギットとは何を……」
 少女はまた私の話を遮る。
「ビルギットが帰って来るって言ってて、遅かったから。だから、私、ビルギットの後を追いかけたの。こっそり」
「大人の言う事は大人しく聞くもんだよ」
 私はエリカと言う子供に冷たく言った。だからといって、それは駄目だ。ビルギットの言うことは聞け。私は横目でビルギットを見た。
 まだ涙ぐんでいた。だが、ビルギットは黒い長手袋でまた目を擦った後は、するどく険しい目つきに戻った。 
「大人しくしろと言ったでしょう。エリカ」
 ドスの効いた声色だ。 
 ビルギットのドスの効いた声色を、エリカは初めて聞いたような反応で縮こまった。これからお仕置きをされるのをわかっている子供のように。だが、予想は反した。
 ビルギットはエリカにさらに近づき、優しく抱きしめ、盲目の少女に囁いた。 
「私は今、刀を持っている。見ての通り、僧侶には相応しくない物を持っている……」
 ビルギットは囁く。 
「だから、わかったでしょう? 私はあなたの好きな私はいない。もう、いない」
 囁く。
「私の事は忘れなさい」
 ビルギットは囁いた。
 ビルギットの囁きにエリカは黙ったままだった。
 理解をしているのか? いや、している。
 少女は覚悟を決めて、目は見えずとも足を痛めながら、ここまで追いかけて来たのだろう。
 僧侶と偽った兵士、元白薔薇隊のビルギットを。
 私は話が長くなれば危険だと思い、話を遮った。子供まで巻き込むのは後味が悪い。 
「話はこれで終わりか?」
「ビルギット、この少女を連れて安全な場所まで行って来い」
「そして、二度と戻って来るな」
 ビルギットは驚いた顔でこちらを見つめ、こう言った。
「そしたら、あなたジナヴラ、一人だけになってしまう!」
「この砦までは護衛してやる。勘違いはするな。あの時、お前がやった事は根に持っている事を」
 私はビルギットに剣を向けた。
 さらに私は続ける。
「私は姉に用がある」 
 私は夜空を確認した。吹きさらしとなった上空には天使らしき物はないかと確認したが見当たらず、耳を澄まして、羽音や鳴き声を聞こうとした。聞こえなかった。 
 これは今のうちにだ。今のうちに。 
 足場が悪くなっているため、怪我人を二人を気を使いながら、一階の大広間まで目指した。他の道はないのかと見回したがどこも崩落していて危険なので元来た道から戻るしか無かった。
 私は思った。エリカという少女はこの大広間を通ったわけだよな? と。
 同胞と天使の死骸が積み重なっている大広間を。目は見えずとも何か感じたはずだ。死臭は気にならなかったのだろうか?
 ただ、どちらにしろ、盲目にならなければ行けぬ道なのは確かだ。
 ビルギットの方を見るとエリカに気にかけて抱いて移動している。まるで過保護な母親のようだった。
 瓦礫を踏み歩き、つまづきそうになりながらも何とか一階の大広間まで着いた。ここの入口前には本来、絵や花などが飾られていたが今は見る跡影もなく、焦げた跡と破壊された花瓶の欠片が辺りに散乱している。私は花瓶の欠片を踏み割った。
 私は後方にいる二人に声をかけた。
「いいか、砦から出たら二度と戻って来るな」 
 私はミザリコードを構え直す。
 後方二人からの返事は聞こえない。
「合意と見なすぞ。返事がないのはなら」
 私の後ろを確認するため、二人の方に振り向いた。二人共は理解したような顔をしていた。
 さらにビルギットとエリカの後方を確認したが何も無かった。

 奴らはいない。急がねば。走れ!
 
 私は先陣を斬って走る。私は走りながらビルギットに走れ! と叫ぶ。

 「走れ! 走れ! 走れぇぇぇっ!!!」

 二人に聞こえるように大声で叫び、天使が飛んでやって来ても私が相手に出来るように声を上げ叫んで走る。
 ここは天使の死骸を片付ける余裕は無い。天使は自分達の仲間の死骸によく集まる。これだけの大群の死骸が同胞の遺体と積み重なっては混じっているのだ。となれば二人は危険だ。
 私は二人を助けたい訳じゃない。ただ邪魔をされたくなくて、こういう事をしている。姉のヴィクトリアの事だけは邪魔されたくない。
 息が上がって来た。二人を少し確認した。ビルギットも息が上がり苦しそうにしているが走っている。エリカは離れまいとビルギットに強くしがみついている。
 いいぞ、このままだと思いきや、上空からあの鳴き声が聞こえた。思わず私は舌打ちをし、剣を構え直す。
 
 来い。

 私は立ち止まった。二人に走れ! とまた叫んだ。
 天使達はゆっくりと吹き曝しになった穴から輪を描いて降りてくる。 ビルギットは振り向かずに走り、私を越した。
 私は剣の引き金を引き、刃に慈悲の雫の液剤を潤し、剣を空に斬った。雫が降りてくる天使に向かって飛び散り舞う。その雫が地に近くて、私と距離が一番近くの天使に当たった。天使の体には慈悲の雫が当たった箇所は左の翼に当たり、煙を立て穴が空いた。そして飛べなくなった所を剣で斬りつける。
 天使は鳴き声を上げながら翼と体をくねらせ、バタつかせながら、しばらくして動かなくなった。この慈悲の雫を飛ばす手法は液剤の消費が激しいため、今のこの状況下だとあまり使いたくない。が、仕方ない。
 私が飛ばした雫は他の天使にも当たり、落ちてもだえて翼をバタつかせている。ザッと見て一六匹中、四匹は地に近いのは落ちた。他の十数匹はまだ遠くの空を飛んでいる。様子を見ているのだろう。面倒な所だ。
 私は二人の安否を確認しようとした、その時に悲鳴が聞こえた。

 やられたか!?

 私は咄嗟に振り返り、二人の方を見た。
 
 ビルギットが何故か、鳥の、天使の翼を抱いていた。
 六枚程か。そして、さらにビルギットの前には亡くなったはずのセージが目を瞑ったまま立ちはだかっている。私はセージを見たとき、混乱した。

 セージは亡くなったはずだ。
 ビルギットは何故トリを?
 トリ……? トリだと?

 その時、セージの声で囁くのを聞こえた。先ほど亡くなったはずだ。どういう事だ。
 「供物来たり」
 亡くなったはずのセージは囁く。
 私はそれを聞いて、我に返りビルギットに叫んだ。 
「おい! 何をしている! 立ち止まるな! 走れ!」
 叫んだ。喉が潰れそうなぐらいに大きな声で私はビルギットに叫んだ。
 ヤバい事になるぞ。
「エリカ!! 嫌よ!! そんな!!」
 ビルギットが金切り声を上げている。立ち止まったまま翼を抱いている。もうエリカじゃなくなってしまった。
 翼が生えているエリカだったものを強く抱きしめている。
 埒が明かない。
 私はビルギットの方に向かって走る。護衛をすると言ったのは私だ。出来ていないじゃないか。あの少女を守れなかった。
 まさか、私が知らない少女の事を心配するとは思わなかった。全力で走った。全力で走りビルギットの元へ。私はわかってはいたが目を疑った。
 エリカの眼から、翼が片方に三枚ずつ、盲目から生えていたのだ。背中ではなく。エリカの眼孔に。
 初めて見るものだった。
 私はそれを見たとき、体が勝手に動いた。翼が生えたエリカからビルギットが離させるために、ミゼリコードを構え、引き金を引いては液剤を刃に潤し、エリカの翼に剣で勢いよく切り落とした。ビルギットは私が斬り掛かってきたのを咄嗟にかわした。私がエリカだったものをビルギットから引き離して捨てた。ビルギットの方は私が引き離した時に勢いよく、倒れた後起きて膝立ちになって、呆然と私が捨てたエリカを見ている。
 私はエリカだったものの眼から翼を切り落としたが、見るうちにまた翼が生えてきた。今度生えてきたのは元の翼に木の枝のようにあちらこちらに翼が生えたような奇形のもので、おぞましかった。
 エリカだったものは、翼が生え伸びて来たままだが、体は横たわって動かないままだった。

 何て事だ。

 私は注意を払いながら、剣のシリンダーの薬の量を確認をしたら、殻になっていたので、引き金を引き空のシリンダーを外し交換をした。剣に装着する音と空のシリンダーが地面に叩き捨てられる冷たい音が響く。シリンダーの数は剣についていた一本と集めて回収した物が二本、一本空になった。残り二本、持つだろうか。いや、その前にやりきってやる。
 私は亡くなったセージの方に注目した。エリカだったものに近づく。 私が推測の範囲内でわかるのがエリカは供物者だって事だ。わからないのはセージだ。セージが供物者だって事は聞いたことが無い。隠していたのか?
 だがエリカとは何かが違うのだけはわかる。
 ビルギットが突然叫びだした。私はビルギットの方に注目をした。
「エリカ!! エリカ!! やめて!! 行かせないで!!!」
 ビルギットは目を鋭くさせ刀を構え、セージに立ち向かおうとしている。 あの様子を見て、いてもいられなくなった様子だ。
 私はわざとビルギットに剣の柄で背中を叩き倒して、抑えた。私に抑えつけながらもビルギットは力付くで藻掻いている。
 「目を覚ませ! 盲目になるな!」
 私はビルギットに言った。 ここは普通、落ち着けと言うだろう。
 セージがエリカだったものに近づき、屈み込んでエリカだったものを拾い上げ抱いて、こう囁いた。

「供物来たり、天使となり」

 同胞達の血の花びらと天使の羽が風で飛ばされ舞い上がる。その時、吹きさらしになった穴から射す、月明かりが眩しく見えた。
 格好がつかないじゃないか。畜生。

#AlaterandSacrifice

016/Altar and Sacrifice


 兵士と僧侶。

 私は新たな生存者にあった。
 堂々と二本足で立って、ゆっくりとおしとやかに歩いている。黒い服に袖のふくらはぎには白く透明なビジューが幾つもついているのが特徴の僧侶服に、ジェーンの顔にそっくりな女が。
 ビルギットだ。
 あの時、天使の群れに襲われている所を見放したが、生きていた。やはり、やり手の女だ。
 ビルギットは私の事を強く睨んだ。言うまでも無い。
「元気かい?」
 私は皮肉を言った。
「喪に服する程度ですかね」
 ビルギットも皮肉で返す。睨みながら。
「喪に服する時間なんざ無いさ」
  お互い、唇を片方上げ笑う。
 私は歯を覗かせ、ビルギットは手に持っている刀の刃を月明かりで反射させ、煌めかせる。
 私も握っている剣を月明かりで反射させて煌めかせた。
 大広間を抜け、上の階の様子を見に行こうとしたら、また出会ってしまった。上の階に続く階段も廊下も壁も天井も天使の手によって破壊され、崩落し、危険な場所になってしまっている。
 石造りの廊下の床にはヒビが入り、残って欠けた壁や天井には破魔の矢の焦げた跡と天使の死骸が窓ガラスや壁にくっついた虫の死骸のようにこびり着いている。
「ここにいる、ということは見ただろ?」
 私は刀に目を向けてから、ビルギットの顔を見た。鬼の形相をしている。
「お前の求めているものは無いよ」
 ため息をつき、ビルギットに告げた。
「何ですって……!!」
 目を大きく開けた。
「そのままの意味だよ」
 私はまたため息をついた。
「ジェーンの心臓は無い」
 前髪をかき上げ、溜め息をまたついた。
 ビルギットは両手を震わせ、歯をカチカチと何度か鳴らす。既にある強い復讐心に飲み込まれそうになっているのを抑えているようだ。
「僧侶らしくないな。落ち着けよ」
 私は無意識に眉間に皺を寄せていた事に気づき、緩めた。
「白薔薇隊、隊長のヴィクトリアに渡したよ」
 場の空気は凍りついた。その時、風が強く吹き、風が私の肌に突き刺さるかのような感覚がした。さらに私は言った。
「だから、私の胸の中にはもう無い」
 私はまた前髪をかき上げた。風で髪が纏わりつく。
 ビルギットの方を見ると上の空のようになり、空を見上げては私の方を見る。そして呟いた。
「ヴィクトリア隊長が……? どうして……?」
 目を白黒にし、復讐の僧侶は狼狽えた。
 “隊長”とビルギットが言っていたので点と点が繋がり、線となった。
「ヴィクトリア隊長はそんな事をしないはずでしょう」
「何を言っているの……ジナヴラ……」
 ビルギットは空笑いをした。
 私はその様子を見て、静かに革鎧を外した。私は足を一歩ずつ出しながら、シャツのボタンを外していく。白いマントの前がけを片手の腕で首の方までおさえ、胸が見えるようにした。
 剣を置いて。争う気は無いからだ。
「証拠は、あの時みたいに確認出来るぞ」
 私はシャツをはだけさせ言った。胸の生々しい傷跡を見せつけた。
 ビルギットは私の傷跡を見て、よろめきながら歩き、私に近づいていった。ゆっくり左手をかざしながら、刀を握っている手は、力なく引きずっている。刀が引きずった跡は石と砂と埃の上に描いて行った。
 ビルギットが私の目の前にまで近づき、そして、左手を私の胸の傷を触ろうとしたが止めた。かわりに私の右肩をつかみ、項垂ながら言った。 
「……ジェーンを……ジェーンを……返して」
 小さく彼女は呟いた。 
 ビルギットの足元を見ると小さい水の跡が二つ出来ていた。瓦礫の岩や砂の上に。またビルギットのうつむいた顔から二滴の雫が滴り落ちる。 
「もう、帰ってこないよ」
 私はビルギットを突き離した。
 私は姉、ヴィクトリアからの命令とはいえども、この自分の手でかけたのだから、言い訳はしない。
 私はシャツのボタンを止め、また革鎧を着ける。胸の傷を自分で見る度に、心臓がないのに自分がどうやって動かされているのか、相変わらずわからない。
 この業による物なのか、業によって、動かされているのか。私は最後にスカーフを首元に締めた。
 ビルギットの方を見ると刀を置いて、膝立ちになり、両手で顔を覆いすすり泣いている。
 私が傷の手当のために破いたロングスカートはそのままで傷とアザだらけの片足を覗かせ、手当てした場所もそのままだった。
 
 天使によって、破壊された砦の崩落した場所は大きく、辺り一面の夜空が見える。羽と花びら散り積もっている。天使の破魔の矢が放たれた場所は焦げ付いていた。また、風が強く吹く音を立てた。
 ビルギットは顔に覆っていた手を離し、右手は刀を手にし、左手は涙をぬぐい立ち上がる。 
「喪に服する時間は無いと……」
 泣いて、しゃくり上げた声だ。 
「言った」
 私はビルギットの目を見つめる。 ビルギットはまた黒い長手袋で目を擦った。それで彼女の目元は赤く腫れている。
 私は彼女に聞きたいことがあったので質問をした。答えが返ってくるかは期待していない。 
「ビルギット、お前ここにいただろ? 面識がないがもしかして……」
「弔いの湖の天使駆除作戦の時、参加していました。」
「私もその任務に参加していた。その時か、誰か一人、隊から抜けた人が一人と」
「本来の私に戻ると」
 彼女は顔を上げ、私を見つめた。 表情が穏やかになりつつも、目はどこか険しかった。
 その時、また別の生存者の声が聞こえた。
 あどけない少女の声だった。ビルギットが咄嗟に振り返った。 
「ビルギット!!」 
 名前を呼ぶ声、ビルギットと。
 ビルギットの後方の彼方に少女が、なぜか少女が立っていた。両目を瞑っている。盲目の。両目には傷跡がある。
 私、ジナヴラが知らぬ少女の名前をビルギットが叫ぶのを聞いた。 
「エリカ!!」 
 それは断末魔のように。

#AlaterandSacrifice

015/Altar and Sacrifice


 静寂が動き出す。

 風が強く吹き叫び、砦の窓やら壁の隙間やら、どこからも風が入り、笛を吹くような音が鳴る。 私が帰って来るのを待ちわびたかのようだ。ただし、この風の音は喜びの音ではない。 私は砦の大扉を前で立ち止まり、自分の胸の中心に手を当てる。

 私は何故、立てるのか?
 私は何故、歩けるのか?
 私は何故、目が見えるのか?
 私は何故、耳が聞こえるのか?
 私は何故、息ができるのか?

 自問自答をしている。答えは見つからない。それは祭壇者として、それが理だからとしか言えない。
 古びた大扉の前でたたずみ、周囲の様子を伺うため、耳を澄ませた。人の生活音、足音、息使いすら聞こえなかった。静寂だけが残っている。まるで皆、どこかへ去ってしまったような静けさだった。
 私は思った。私がいない間、何が起きたのだろうと。いや、もう予想している事が起きている。私は一歩ずつ足を動かし、 また立ち止まっては深呼吸をする。顔を上げ、重く古い扉に手をかけ、開いていった。開くと金切り声のような音と地を削る音が鳴り響く。この砦に。
 今の私に何が出来るのだろう。このまま去ってしまっても罰が当たらないのかという思考に揺れ動く。だが私は進み歩く。
「取り返してやる。待っていろ」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 
 大扉を通ると、中庭があり、広場を中心に武器庫や倉庫などに通ずる通路がある。人が歩く場所は石で作られた石畳となっており、その石畳の隙間から生えてきた草花を抜き取っては刈り取り、手入れをしていた。草取りは当番制で中にサボる人はいたが、ほぼ毎日手入れをされ、草が生えている状態というのは、ほぼ無かった。
 だが今、私がいる、この場所の状態は草が生え生い茂っている。こんなことは無かった。
 サボる人はいたが代わりに庭弄りが好きな人がやっていた事もあり、こんな事はなかった。
 おかしい。おかしい。駄目だ。答えはもうわかっているのに!
 全部の部屋を確認をし、最後に武器庫の方へ確認した。使えそうな剣がないか探した。だが、見つかったのは全部刃こぼれした物やシリンダーの故障を起こした物しかなかった。
 門から真っ直ぐに続く通路は砦の大広間に続く。私は大広間に行き、重たい木の扉を開ける。ずっしりと重たい。
 開けた瞬間、部屋中からの風が異臭と赤い花びらと白い羽を私の元へ風が運んで来た。
 異臭が私の鼻にぶつかる。私の予想が的中したのだ。

 同胞が皆亡くなっている。

 今、この場にいる私を除き、皆、剣を持って亡くなったのだ。遺体の状態は、破魔の矢と嘴でやられたようだ。
 そして、皆、目がえぐり取られている。
 普通、目を覆いたくなり、口を閉ざすだろう。だが勇気を出して口にして言わないと行けない時がある。これはその時だ。
 破魔の矢に数回、被弾した後に同胞の身につけている装備を壊し、壊した所からそこに数匹、狙ってやってくる。狙った箇所を嘴で強く突っつき、肌が見えたら更に突っつく。
 肉が見えたら、更に突っついては肉を引っ張る。突っついては引っ張り、突っついては引っ張りと繰り返す。
 大広間の環境は外とは違い、破魔の矢を回避し辛い。
 遮蔽物は石柱と木製の家具などだけで、木の家具は破魔の矢の前にすれば何の意味もなくなる。
 机の裏に隠れて、隙を突こうとした同胞は机ごと射抜かれていた。丁度胸辺りだ。天使らしいじゃないか。
 装備を破壊して柔らかい所を狙うのは天使達の手口だ。いや、人もやるか。
 あの時の湖の天使駆除と同じだ。違うのは外じゃなく、屋内という所だけだ。どう考えても不利だ。
 しかし、こいつらが何処から侵入して来たのか?
 ここの砦は整備や修理は小まめにやって来た。

 どうやって?

 私は、大広間を見渡す。
 どこも死体、死体、死体だらけだ。上の方を見上げると月明かりがさしている所を見つけ、さらに天井の方を見たら、破壊された跡があった。
 大きく、丸く、満月がきれいに見える程の広さで大広間は吹き曝しとなっていた。
 更に大きな穴の周りには焦げた跡や天使の死骸がいくつもくっついてはぶら下がっていた。
 私は、一瞬何があったのかわからなかったが気を取り直し、私は仲間の生存者を探した。
 皆、亡くなっているのはわかっている。
 声がけしながら歩いた。破壊された家具の下敷きになっている仲間にも、瓦礫の下敷きになっている仲間にも声がけをした。倒れている仲間にも。
 
 結果は、何も誰も返事が来なかった。
 
 私は声が枯れているのにも関わらず、声をかけ続けた。声かけをする度、咳き込み咽る。

 わかっている。わかってはいる。
 
 それでも声をかけ続ける。私は風に吹かれた赤い花びらと白い羽を掻き分ける。しゃがれ声で安否の確認を叫ぶ。
 
「誰か! 無事か!?」
「ジナヴラだ! 私は帰ってきた!」
 
 天使の死骸も同胞の遺体も混じっている。近くに天使がいるかもしれない。居たら、死臭と私の声で呼び寄せるだろう。それでも抑えられなかった。
 拳を握りしめ震える。
 そうまでしても、人の息遣いさえも気配を感じられず、途方に暮れた。ただ、風が強く吹き叫ぶ音が鳴り響いた。冷たく。
 私は同胞だった物の山の上を歩き回った。天使の死骸は踏み潰し、骨も粉々にしてやった。もろいものだ。
 弔う時間は無い。これだけいるのだから。
 石造りの床の上で天使の骨を踏み砕く音が鳴り響いて続く。
 私はまた、使える剣がないかとまた探し始める。
 自暴自棄になる時ではない。辺りを見回した。同胞の持つ、ミゼリコードを一つ一つ、一人一人、確認した。
 だが、武器庫の物と同じく、それよりかは損傷が激しい物しか見当たらなかった。戦っている時、駄目になってしまった物だろう。
 しかし、液剤が入っているシリンダーは2本見つけた。
 
 剣は、使える剣はないのか。
 
 また、同胞の遺体の山を見渡す。崩壊した所に目が入った。月明かりがさしている。
 照らされた瓦礫の山の方へ自然と足が動いた。

 私を呼んでいる。そんな気がした。

 月明かりに照らされた瓦礫の山の裏側に一瞬、輝いたものが見えた。一筋の流れ星のように。
 瓦礫の山の裏側から1本の銀色の棒が見える。私は足早と瓦礫の山の裏側へかけよった。岩や折れた木に足が引っかかりそうになりながら、それでも気にせず進んだ。確信した。
 
 あった! あったのだ!
 剣が、ミゼリコードが。
 
 ミゼリコードは汚れや傷はあるが故障を起こしているようには見えない。他と違う所は生きている同胞が剣の向こう側で瓦礫の山に背中を預けて座っている。
 
「ずいぶんと遅かったじゃない」
 
 同胞が顔を上げ、私に話しかけた。セージだ。
 セージは髪の色が明るい緑色よりのブラウンで髪の長さは伸ばし、後ろ髪を黒いリボンでまとめている。まとめ髪は毛先の部分がうねっている。
 目は垂れ目でオリーブ色の瞳で、眉は怒り眉に近く線が細い。顔の輪郭は痩せ気味のため、顎が少し尖っていて、そのおかげでか鼻もするどく高く感じる。声はどこか甘ったるく、高い。
 全体的に見ると優しそうな印象を与えるが、どこか近寄りにくい。
 私は剣の向こう側にいるセージにかけよった。私は涙が枯れていると自分で思っていたが泣きそうになったが堪えた。

 静寂が動き出した。
 
「すまない。大丈夫か?」
 私はそう言いながら、セージの様態を確認をする。 
「大丈夫じゃないわ。見てわかるでしょ?  らしくないわね」
 と冗談と皮肉が交じりに微笑みながら言った。 
 セージは右腹の方を手でおさえている。彼女は気だるげにため息をつく。安心も痛みからの物だろう。
「ジナヴラちゃんが帰ってくるのが遅くて、私の事を忘れ去られていると思っていたわ。覚えている? 庭弄りが好きでよく庭の手入れをしていたセージよ」
 眉間に皺を寄せながら、痛みを我慢している声でセージは話した。
 「覚えている。お前、剣の薬を使っていないのか? 早く使え!」
 私は持って来た慈悲の雫のシリンダーを1本使おうとした。
「先輩に「お前」呼ばわりは相変わらずだったわ。らしいわ」
 セージはクスクスと笑い、咳き込んだ。 口を手で抑え、抑えた跡の手の平には唾液と血の色が薄くなった物で染まっていた。
 セージの目は鋭く、ジナヴラ、私の目を見つめた。
 わかっているでしょ? と言わんばかりに。
「他の人が来たらと思って使わないでいたわ。他の仲間も私も天使に奇襲されて戦ったけど、このザマよ」
 目をつむりながら、セージは自分の右腹を傷を強く抑えた。血がまた滲み滴り落ちる。
「もう喋るな」 
 私は手当てをしようとし、スカーフを取り、セージの側までかがみ込んで止血を試みようとした。が、セージに手を跳ね除けられた。 
「私、もう喋らないわ。ジナヴラちゃんの頼みだし」 
 またセージは私の目を強く見つめた。私は自分のスカーフを持った手を大人しく引き下げ、スカーフを強く握りしめた。 
 私は静かに立ち上がり、セージからそっと離れ、ミゼリコードを引き抜いた。引き抜いた時の剣はまた光を射した。
 私はシリンダーが回るか確認するため、軽く引き金を引き、金属同士が軽く叩く音が辺りに響いた。 故障は無いようだ。シリンダーの中の薬も入っている。
 私はまたセージの方を見ると、セージは頭を下げ眠っていた。喋らない。もう。
 私は喋らないセージと同胞達を後にし、歩き出した。
 託された慈悲の剣を握り、静寂は動き出す。
 握っていたスカーフをまた首元に締め直した。

#AlaterandSacrifice

014/Altar and Sacrifice


 顔が蝋で覆われた女神像がある。

 私は顔が蝋で覆われた女神像の前に跪いていて祈りを捧げている。形式上だが白薔薇隊は掟として、祈りを捧げる慣習がある。
 日が暮れ、空は深い紺色に染まり、薄雲はねずみ色に染まった。その中に点々と散り散りに小さな白く輝く宝石のように星が輝いている。
 月明かりもはっきり分かるぐらい、月はきれいに空の上で顔を出し、廃れて屋根が朽ちた教会と私を照らす。
 あの顔が蝋で覆われた女神像も一緒に。
 今宵の月光は青白い。暗闇の中で目を慣らすにはたいして、そのおかげで時間がかからなかった。
 私の銀の左手は青白い月光を反射し、きらめいた。その銀色の左手の指で、昔、誰かが、知らない人達が大切にされてきたであろう女神像にあの顔の蝋を剥がして顔が見たくなる衝動に駆られた。
 私は銀の左手の指で女神像の左手の頬についている蝋を一欠片、傷をつけ削り取る。
 削った跡は白く、像自体は雨風に晒され、一部が風化し、土埃や苔などで汚れている。削り取った所は当時のままだろう。おそらくは。
  いっその事、全部、顔の蝋を剥ぎ取ってやろうか。
 だが、私は自分の銀のフクロウの仮面に左の義手の手の平でおおった。金属同士のぶつかり、擦れる音が鳴る。
 
「罰当たりな」

 独り言を呟くほどに衝動に駆られた。
 女神像に私はけっして、話をかけていない。物言わぬ。
 周囲に誰かいないかと確認し、音も足音や話し声、息の音などに耳を澄ませて聞く。
 警戒して周りの様子を確認した。虫が飛んでいるだけで誰の姿も見ない。音は野生動物の鹿か兎かは分からないが、それらの足音だけで人の足音が聞こえなかった。
 私の独り言しか聞こえない。
 ただ、あるのは風が優しく草木の葉を撫で合う音や虫の音色しかなかった。 
 私は顔が蝋で覆われた女神像の顔を生まれてから一度も見たことがない。
 この国の、この地の奇習と言えばそうだが各地の女神像の顔も蝋で覆われているのだ。
 祈りを込め続け、顔がわからなくなるほど、何人も何年も何度も幾度も祈りを込め女神像の顔に蝋を垂らし続ける。そうして顔が分からなくなっていく。 人の祈りのために。
 何故なのかは少しだけ、私の一番上の姉から聞いたことがある。この国の神話から由来すると言う。
 火を灯した蝋燭の溶けた蝋を女神像に垂らすのはこの国の神話の女神の涙は不滅らしく、それを合わせて、溶けた蝋の雫を涙に見立てている。最も古い物だと塩水を垂らし続けて、顔に塩がこびり着いた物もあれば、変わり物だと蜂蜜か樹液を塗っている物もあるそうだ。
  そう、私の一番上の姉が教えてくれた。優しく。
 もう昔の話だ。だがずっと覚えている。戦っているうちに忘れるものだと思っていたが、忘れられないものだと。
 一番上の姉は、生まれながらにして左腕と左足が無い、こんな体の私に優しくしてくれた。
 今は、姉上はどこにもいなくなってしまった。
 人は先にいなくなる人の声を忘れてしまうと言う。私は戦い続けて忘れてしまった事を幾度も経験した。
 だけど彼女のどんな声色だったかははっきり覚えている。薔薇の花の香りのような、くすぐるような甘い感覚と言えばいいのだろうか。甘いのだけは覚えている。 姉上の顔が、私の記憶から、ぼやけて忘れてしまいそうになったときは、恐かった。
 いつか全部忘れていきそうだ。でも今は、私は、覚えている。 私は思い出そうとして、無意識に頭をうつむいてしまっていた。
 自分の足元が目に入り、踏みつけているのは古くなって苔と黴で汚れたカーペットと、つま先の近く、その先には青緑色に所々錆びた蝋燭立てが一〇本倒れて落ちていた。その中には折れてしまっているものもある。他にヒビが入った花瓶に、香入れが横になって倒れ、灰をこぼしたままだったりと物が散乱していた。
 私は顔を上げ、祭壇の方を見ると枯れた花が四本。横になったまま女神像の祭壇は、おそらく当時のまま放置されて来たようだ。この教会は忘れ去られて朽ちていったのだろう。
 女神を置いて。
 ただ違う事は、私がここにたどり着いてしまった事だった。
 ここの教会がどういう経緯で建てられた物なのかはわからないが、新しく建てられたときはきっと、この女神像の顔を見ることが出来ただろう。
 私は思いを馳せながら、朽ちた祭壇に一つだけ、布に包まれた供物を捧げる。
 それはまだ新しく、それは布が赤く染まるもので、それはかすかに温かく、それは徐々に冷たくなって行き、私はまた祈りを捧げ、また立ち上がり、朽ちた祭壇の上の赤く染まった布に包まれた供物に銀の左手をかざす。
「十分、祈ったさ。もうこれでお預けだ」 
 朽ちた祭壇から、赤く染まった布に包まれた供物を取り上げた。同時に左の銀の手のひらも赤く移る。
 私は金属製の胴当てをもう片方の生身の右手で外していく。鎧は植物の蔦や葉の模様を彫られた職人技の物で、それも月明かりに照らされ、光る。
 今は本来の銀色と違い、生々しい赤が彩られている。
 
 新しい、いや、少し前にだ。
 
 実の妹を手にかけた、その時に着いたものだ。妹の血を浴び、それは装備の下の衣服まで染み渡っていた。
 半乾きで布と肌がくっつく感触には慣れている。どうってことは無い。また洗えば良い。
 私は衣服のボタンを外し、中の下着を上にずらした。外気に晒された私の肌は風が古傷を撫でる。
 少し肌寒く感じる。まだこの季節は寒くないのに。濡れたせいだろう。それも時期に感じなくなる。
 自分の胸の下着に意味はない。だって、両方の乳房は自分で削ぎ取った。
 こんな生まれながらの不完全な体に不釣り合いな上、もちろん病もあった。が、戦う上で邪魔だと。 だから、乳房は両方とも自分で取った。丁度良かった。元あった胸は手術痕になっている。
 私は頭を上げ、目を合わせる事が出来ない女神と目をそらさず、剣の引き金を引く。
 シリンダーの回る音と引き金のぶつかる音が鳴る。強く引くほど、中の水薬が剣に慈悲が満たされていく。
 そして、私はこの剣で自らの胸に突き刺す。目を見開いたまま。
 女神像の背後には満月が見える。光背のようだ。だが顔は見せない。女神も私も泣き顔を見せたくないのだろう。剣の柄を力のある限り強く握り、胸を縦に裂き、妹ジナヴラが愛したジェーンの心臓を赤く濡れたヴェールをめくり外し、そして私の胸にしまい込んだ。
 剣で自らを斬った。痛みは無く、あるのは冷たい異物感だけで終わった。 自分で自分を斬り裂いた影響で出血が多く、くらつき、膝をついた。剣も手から離し落とした。 きらりと血と薬で剣は輝く。
 私はそのような状態になっても、顔が蝋で覆われた女神像を見続け、私は女神に向かって静かに言い放す。
 するどく、かなり鋭くに。 
「私は白薔薇隊、隊長ヴィクトリア。悲母トランメディセインよ。私はお前の事なんぞ、信じていない。だが形式上の祈りだけは捧げてやる」 
 女神像は物言わぬ。偶像だから当たり前か。
 私は張り叫んだおかげで、目眩で一瞬目の前が真っ暗になったがすぐに元に戻った。 
「私はお前に縋るほど、馬鹿ではない。私の部下や同胞も皆そうだ」 
 私は傷の痛みを感じず、口元は少し歯を覗かせて、にやりと笑う。
 月は女神と私を照らし、風は強く傷を負った胸と肌を撫でていった。

#AlaterandSacrifice

013/Altar and Sacrifice


 天使、迎えに来ず。

 鳥の羽ばたく物音が聞こえる。何かから逃げるように抜け落ちた羽を残して、散り散りになりながら飛んでいく音がする。

 羽か、羽の音。ああ迎えに来たのか。

 ジェーンだったら良かったがここも甘くなかったのはがっかりする。
 姉にトドメを刺されてからは前が見えない。ここは何処だ?
 手を前に伸ばそうとしたら、腕と手を動かせられた。私はそのまま自分の顔を触ると、顔の上に布を被せられていたので掴んだ。布は薄く滑らかで手触りがよかった。
 さらに片手の方の手で布の下になっている自分の顔の頬を手探りで触った。皮膚と肉の下の固い骨の感触があり、外気に晒されている。皮膚が冷たく、だが仄かに温かった。普段なら気にもしない感覚すらも感動を覚えた。

 羽ばたく音がまた聞こえる。

 私は顔の上の布を取ると、暗く目を凝らして見るとドーム状の石造りの天井が見えた。目で右から左へ左から右へと辺りを見回した。暗闇の中に薄い光が刺しているところが少しだけ見えた。
 私は自分の頬にある手を口を軽く触り、そのまま線を書くようにつたい喉を触った。次に胸の傷痕あたりを触った。革の胸当ては無く、上はシャツだけになっていて、胸が少しはだけていた。胸の傷とその周囲は血や血漿が生乾きでベタついている。不快だったので顔にかかっていた布で拭いた。

 私は生きている。いや、生かされている。
 
 生唾を飲み、次に上半身をゆっくりと起こした。自分の膝の上を見ると赤い花びらが散っていて、さらに周りには大量の赤い花びらで積もっていた。
 私は石造りの床の上に寝かせられていたようだ。大量の花びらがクッションの役割になっていたおかげでか、背中があまり痛くならずにすんだ。
 目が暗闇に慣れ、月明かりを頼りにまた見回しながら、はだけているシャツのボタンをかけ直し立ち上がった。
 床と同じく、石造りのアーチ状の大きい窓がいくつも並んでいる廊下があり、その廊下は雨や風で花びらの吹き溜まりになっている所はどうやら廃墟と化した寺院らしい。
 柱や壁にひび割れがあり、その隙間から草木が生え、太陽の光や雨水を少しでも多く摂ろうとして背を伸ばしている。窓の向こう側には小さな溜め池があり、それもレンガで整備されていて、水が汲みやすいように足場と階段があった。
 私は喉が乾いていたので溜め池の方を確認するため近くに寄った。中庭の溜め池は長い間、人の手入れがされていなかったおかげでか、水は藻が浮いていて、落ち葉や虫の死骸が浮いていて、水草が生え、小さな虫や生き物達の住処になっていた。
 私は溜め池の水質を見て、我慢をした。
 また私が寝かせられていた場所を振り返る。自分の持ち物が無いかと確認し、花びらの吹き溜まりの方もくまなく探したが見当たらない。自分は殺されたようなものだから当たり前かと笑いが込み上げる。
 ここに居ても仕様がない。
 私は中庭の向こう側に見える白い石造りの入り口が見えるので溜め池の前を通りすぎようとした。草花が生い茂っているので足が上がりづらい。自分の今の体だとさらに足が上がらなかった。何度か草に引っ掛かっては転びそうになりながらも溜め池の中庭を何とか通った。
 虫は草の中を飛び回っては草に止まる音だけを残す。
 しばらくして、上空から鳥の羽ばたく音が大きく聞こえたので見上げた。
 トリが群れて飛んでいる。廃墟の中庭で丸腰で立っている私がいるのにも関わらず、私を見もくれずに通り過ぎて行ってしまった。
 私はこいつらにさえ、迎えに来てもらえないのかと含み笑いをした。喉が渇いてくっつくような感覚がし、笑うと咽た。
 私はまた空を見て、飛び去って小さくなっているトリ達に向かって叫んだ。
 
「私は丸腰だぞ! ほら来いよ!」
 
 精一杯しゃがれ声で叫んだ。
 それでもなおトリは振り向かなかった。
 自分の声がこだまとなって響いて終わり、私はさらに吐きそうになるほど咽せ、片膝をつき、喉を両手で抑え、落ち着くまでしばし、そのままの体勢にし、咳が治まると胸の真ん中を優しく抑えて、小さく呟いた。
 
「……ジェーンはいない」
 
 自分が酷く情けなく感じた。
 なら、迎えに来ないならこっちが行けばいい。地の果てまで。
 
 頭を上を向け、静かに立ち上がり、朽ちた石造りのアーチ状の入口に向かい中庭から立ち去った。

#AlaterandSacrifice

012/Altar and Sacrifice


 霧がかった景色に光が射す。

 雲がまだ厚く残っているが空が見える。地平線の空は紺から青紫へ、桃色から橙色と上を見れば段々と空が移り変わっている。私は静まり返った砦の前に立ち、胸に手を当て、それから腰の鞘に納めているミゼリコードの柄を軽く触れ深呼吸をし、砦の前から立ち去った。

 ヴィクトリア隊長との待ち合わせは、砦の中ではなく、ここから少し離れた隠れた場所である。
 風は相変わらず強く、私の背中を押す。開けた草地は風により棚引かせ、草がそよぐ。草地の鳥の鳴き声や虫の鳴き声もかき消すように。
 待ち合わせ場所は砦の少し離れた林の中の道に入り、林の中の道は木の影で薄暗い。道を抜けるとそこには小さな木造の小屋があった。屋根にはところどころ草や苔が生えている。
 壁も朽ち始めている。当分、誰も手がかけなかったのだろう。小屋の周りには白い花が所々咲いている。茂みには赤い木の実がついていて、鳥が啄んだような箇所があった。
 
 私は姉がいるかと辺りを見回し歩いた。さっそく小屋の扉を開け、中を確認した。小屋の中は使い古された簡易な寝泊まりをする家具一式があり、天井には蜘蛛の巣が張り、獲物を待ち構えている蜘蛛だけで中には誰もいなかった。
 ジェーンはいるのかともう一度、小屋の中を見回したがいない。古ぼけた木製の家具が薄闇の中にあるだけだった。
 
 そうだ、私が殺した。

「畜生!」

 咄嗟に後退りながら小屋から出た。扉が壊れるぐらい勢いよく閉めた。閉めた音が大きく、夕暮れの空と林に響く。

「もう少し、静かに閉める事は出来ないのか」
 
 背後から嫌でも聞き慣れた声が聞こえた。振り返るとヴィクトリア隊長が腕組をしながら、片足に体重をかけて立っていた。
 
「はぁ……! はぁ……!」

 私は息使いが荒くなり、二の腕を押さえ、上半身は丸まっていた。その様子を姉に見られたのが恥ずかしくなり姿勢を正した。ゆっくりと。
 
「……いないかと思ってたよ」
 
 私は眉をひそめながら言った。
 
「取って来たか」
 
 私の姉である冷たい鳥の仮面の向こう側から発した第一声だった。姉は腕組をしながら続ける。
 
「よくやった。それでどこに?」
 
 相変わらずだため息をついた。
 
「白々しい」
 
 私は眉間に皺を寄せ、眉をひそめながら、手を胸に当てた。姉のヴィクトリアの視線が私の胸に突き刺す。
 
「帰りが想定より遅かったから、本当に心臓を取って来たのかが懐疑でね」

 ヴィクトリアは空を仰ぎ、また私に視線を向ける。
 
「何せジナヴラ、あなたが帰って来るまでに18日間かかった」

 腕組が緩み崩れ、片手に腰を当てた。体重をかける方の脚は変わらず、銀の右足に体重をかけている。
 
「知ってる顔の……しかも友人に手をかける事に躊躇が無い訳が無いだろ……」
 
私は姉の仮面から夕暮れの空へと見上げた。空は紺色に移り変わっていく。また仮面へ視線を戻した。
 
「通りすがりの人に介抱してもらってね」
 
 冷たい鳥の仮面は軽く首をかしげた。この受け取れる仕草からしては逃げたと思っているだろう。当たり前だ。こんなの逃げたくなるに決まっている。
 
「それなら、あなたを介抱した人へ礼をしなければならないな」
「礼なら、もうとっくに済ませたら」

 私はにやりと笑い、胸に当てた手で眉間に持っていき抑えた。深呼吸をし、息を深く吐いた。腰の鞘からミゼリコードを抜き、目の前に立つヴィクトリア隊長に差し出した。
 
「ほら、とっととやれよ」
 
 どうせ殺されるなら、自分が今まで使って来た物が良い。最期に私のわがままを通せられるのなら。
 ヴィクトリアは剣の柄を銀色の手で掴もうとしたが、かざした。伸ばした右腕は肩まで銀色が続いている。銀の手は私が剣を差し出している方の手に触れた。私は思わず手を引きそうになったが剣の柄を強く握り、姉の仮面に眼つけた。ヴィクトリアはゆっくりと私の手を撫でながら、剣の柄を軽く握った。視線は剣から私の顔に移った。
 
「らしくない」
 
 そう言って、ヴィクトリアは私の剣を離した。私は何で期待していたのだろう。目を閉じ、溜息をついて剣を持つ片手を下げた。
 
「わかってくれるとは思っていたんだけどね」
 
 私がまた目を開けると、ヴィクトリア隊長は静かにミゼリコードを構えて立っていた。剣の引き金を引き、慈悲の雫は刃を伝い、薄暗い林の中のわずかな光を集めて反射している。私はそれを見て逆手に持っていたミゼリコードを構え直した。
 
「……気が変わったか」
「らしくないって言われたら、そうしてやろうってだけだよ」
 
 片手に持った剣の刃でヴィクトリアの胸に指した。刃とヴィクトリアの革の胸当てに針を刺す程度に当てた。それに対し動じず、銀の手で握り、金属同士のこすれる音が辺りに響く。
 ヴィクトリアは銀の片手で私の剣を勢いよく跳ね除けた。私はその反動で大きくよろめき、後頭に倒れた。その時に持っていた剣も手放してしまった。剣は林の茂みの前の地面に見事に突き刺さった。突き刺さった剣を横目で見た後、見下ろしている姉が仁王立ちで私の顔を覗いている。私は姉と目が合ったような気がしたので捨て台詞を吐いた。
 
「薬たっぷりで頼むよ」
 
 私は意地で鳥の仮面を見続けた。
 ヴィクトリアは黙って、ミゼリコードの溶剤の入ったシリンダーの引き金を静かに強く引き、刃につたう慈悲の雫が地面を打つ音が聞こえた。ミゼリコードを両手に逆手に持ち、私の胸に当てた。
 服が冷たく張り付く。剣を胸から少し浮かした後、勢いよく私の胸に突き刺した。胸に鋭い痛みを感じた後、少ししてから痛みを感じなくなった。残るのは冷たい異物感だけだった。見える景色がぼやけてきた。
 これでジェーンの後を追える。
 姉は鳥の仮面を外した。仮面を外している所を見るのは数年ぶりだ。視界が強くぼやけているので顔がよくわからない。
 見えるのは剣の反射した光だけで私は静かに目を閉じた。 闇だけになり、聞こえる音は草木同士こすれあう音と金属同士のこすれる音だけで、その音も徐々に聞こえなくなった。残るのは静寂となった。

#AlaterandSacrifice

011/Altar and Sacrifice


 白薔薇隊の掟、人を殺めてはならない。

 相変わらずの曇り空で風が時々強く吹いては草や木の枝同士の叩く音が響き、天使達の死骸がある場所を決闘場として、拍手を送っているようにも聞こえた。
 私は兵士で相手は僧侶。いや、元白薔薇隊の兵士か。互いの刀と剣は薄い日の光を反射させている。
 喪服の僧侶はゆっくりこちらに向かい、歩きながら話した。刀を構えながら。

「返してもらいましょうか」
 女は私に睨み言い放った。私は半笑いを浮かべた。

「嫌だと言ったら……?」

 僧侶は刀を構えながら、風のように飛び走り、刀を私に向けて振り落とした。私は咄嗟にミゼリコードで受け止めた。刃同士の軋む音が響く。僧侶は声を荒げ、力強く刀を押す。
 
「あの時、躊躇しないで取ってしまえばよかったわ!」

 私も抵抗する力を入れる。

「もう遅いんだよ!」

 目一杯、ミゼリコードで僧侶を押し返し、反動で後ずさらせた。痛いぐらいに奥歯に力が入り食い縛る。

「ジェーンを返して!!」

 僧侶は金切り声をあげた後、目を片手の袖で擦り構え直した。目が潤み、片方の袖で目を擦った所の布の色が変わっていた。

「私を介抱してた時にいくらでも出来ただろ!」

 私は怒鳴り声をあげ、続ける。
 
「何故やらなかった!」

 ミゼリコードを片手で僧侶に指し言葉を投げかけた。投げかけて返って来る言葉は答えにならなく無駄だった。
 
「ジェーンを返してっ!!!!」
 
 僧侶はまた私に向かい、刀は風を斬る。決闘場は刃と刃の叩き合う音が鳴り響き、刃は薄い日の光を何度も反射させる。
 僧侶の刀は激しい。だが今までして来た天使狩りの疲れと私を目の前にして冷静さを失っているのがわかる。僧侶の刀に出ているので私は守りに徹し、反撃の機会を伺いながら攻撃を受け止める。雑だが、やはり只者ではない。
 僧侶はなりふり構わずに刀を振るっては受け止める度に金属同士のぶつかる音が何度も響き、次第に隙が多くなった。大きく降った後に隙が出来ている。私はそこをついた。
 僧侶はまた刀を大きく振るう。
 
 よし、今だ!
 
 私は僧侶の刀をはね除け、僧侶はよろめいた。その隙に素早く腹にミゼリコードを深く斬りつけた。斬りつけた拍子に血の雫が飛び散り、地面を叩いた時は花びらのように見えた。
 僧侶は立ちすくみ、片手で腹の傷口を押さえながら、刀を取りに行こうとしたのか後ずさろうとした後に仰向けに倒れた。
 私は倒れた僧侶にゆっくり歩き近づき、相手の傷口に向けて剣を指す。それを見た僧侶は諦めたのか目を瞑った。

「仕返し出来て清々したよ」

 私はミゼリコードの引き金に手にかけた。手にかける前に名前だけは聞いておこうか。
 
「あんた、名前は?」
 
 僧侶は眉間に皺を寄せながら、目を瞑ったまま、口を動かした。

「……ビルギット」

 僧侶は腹の痛みに耐えながら名乗った。私に答えが帰って来た。私はミゼリコードの引き金を強く引き、液体の薬を腹の傷口に垂らした。雫は剣を伝う。
 横たわってるビルギットと言う僧侶のロングスカートの裾に手をかけた。手にかけた時、ビルギットは目が開き、目線を私に向けた。何か物言いたげな顔をしているが、さっそくの薬の効果で声が出そうにも出せずに荒い呼吸音だけが聞こえる。
 
 お前、私にやった事を忘れたのか?
 
 私は勢いよくスカートの裾を一部破いた。破いたスカートだった布は包帯状にした。ビルギットのロングスカートが膝ぐらいのスリット状になり、ビルギットの傷とアザだらけの片足が少し覗いた。私は破いたスカートの布でビルギットの腹部の刺し傷に止血して布を巻いた。
 ビルギットは相変わらず何か言いたげに呼吸を荒げながら、起き上がろうとしている。その様子は青虫みたいにもがいている。

「暴れるな」

 ビルギットの腕を掴んで押さえ、私の体が彼女に覆い被さるように押さえつけた。
 
「言っておくが殺すつもりはない」
 
 私は押さえた腕の力を緩め放し、彼女の体から自分を退いた。止血した場所は血が滲んで赤くなっている。ビルギットは薬でなのか悩ましげだが、どこか安心しているかのような顔をしている。私は
彼女の元から立ち上がり見下ろした。
 
「それに、一般の人は殺すなという掟がある。私はそれを守る」
 
 ビルギットは私の方を見て、待てと言わんばかりに片手を伸ばした。私は何もせず、自分が刺した女のその場から立ち去った。
 風が強く吹きあがり、羽が舞う。風の音と共にあの鳴き声が遠くから聞こえる。あの汚い鳴き声がどんどん近くなっているので、私は立ち止まって空を見ると、後ろを振り向いて遠く小さくなったビルギットに白いトリ達がビルギットの上空に弧を描きながら飛んでいる。

 天使が来た。
 
 トリのような見た目をしている天使は鳴き声をあげながら、私が刺したビルギットの方へ一〇匹舞い降りて来た。仲間の死骸が転がっていると必ずやって来る。
 トリの群れの汚い鳴き声は獲物を見つけた歓声に聞こえた。ビルギットは天使の餌食にならまいと必死に刀を手にかけ、上半身を起き上がらせた。体に力を入れた影響で止血した腹部から、さらに血が滲んでいる。
 必死に刀を振り回して追い払おうともがき、刀を振り回した不意に一〇匹中の二匹のトリがビルギットの振り回した刀が翼に当たり鳴き喚いて飛べなくなった。

 けっこうやるものだな。
 これだけ元気があれば、彼女は生き残るだろう。掟は守った。
 後は私が知ったことではない。
 
「死骸を片付けろというのは、こういう事だよ」

 私は振り返らず、そう言い残して、静かに天使の死骸がある決闘場を後にした。決闘場は生きたままの鳥葬の場となった。
 風が強く吹き、天使の羽が雪のように舞った。

#AlaterandSacrifice

010/Altar and Sacrifice


 破魔の矢が飛び交う。

 弔いの湖付近でまだ昼間なのに流れ星が走っている。流れ星は言い過ぎというくらいには遅いか。稲妻みたいには見える。天使と呼ばれるトリ達が私達を見かけると光の矢を飛ばしてくる。トリの体から発する一筋の光が眩しい。
 この一筋の青白い光、すなわち破魔の矢に当たると私達の体は、当たり前だが使い物にならなくなる。
 その中で、こいつらに私達はこの毒を塗った剣一つで立ち向かい戦っている。
 馬鹿馬鹿しいと思っただろ?
 それは私も皆も思っている。思わない奴は馬鹿だ。

 迂回の道は運良くトリ達とは遭遇はしなかった。いや死骸はよく道端に落ちていた。狩った死骸は片付けるのが同業のルールだが、最近誰か、殺しまくっているようで後片付けをするという気配りも無いようだ。
 見てみろ。私が歩いている道なんて白い羽が散らばっていて、道を飾り、また少し歩くとトリの死骸と出会う。
 これで肉料理でもしろとでも?
 私は来た道を振り返ると弔いの湖は小さくなっているが稲妻のような一筋の光が乱射しているのが見える。少し前まではこういう事は起きなかった。
 この「戦友の心臓を持って来い」という頭のいかれた姉の頼み事をしてからだ。
 姉に逆らう事は出来ないのか? って? この末端の兵士に何が出来ようか。冗談がキツい。
 物思いに耽りながらも道なりに歩いていたら、青白く光った。稲妻のような破魔の矢の光が強いという事はかなり近い。私は警戒して木の影に身を隠しながら移動をした。光った方向が目的地の方角だったので避ける訳には行かなかった。

 仕方ない。やるか。

 ミゼリコードを構え直した。刃に光が反射した。
 目を瞑るほどの光が強くなっていく中、天使の羽が柔らかく舞う。天使が誰かを襲って暴れているのか、羽の抜け落ち方が今まで狩って来たがこんなには散らばらなかった。生きている間は。だが多い。
 天使を目視出来るほどの距離に近づいた。地面を見ると散らばっている羽の数が多い。破魔の矢が放たれる度に光り、鷺のような「ギエー! ギエー!」と鳴き声が聞こえ、その後は静まった。

 止んだか?

 私は木の影からそっと現場の様子を見た。トリの形をしている天使達の死骸五匹、惨殺されていた。暴れまわった跡は破魔の矢が飛んでいたと思われる黒焦げの跡が数ヶ所あり、木に当たった場所は木の太い枝は折れては裂け、地面は凹んでその周りは土や石が散らばっている。
 さらに森の開けた土地の奥の方、天使の死骸がある先に人がいた。刀を持って空を仰いでいる女が。
 
 見たことがある。いや、あったばかりほどだ。

 あいつか、あいつだな。

 私は静かにあいつの前に姿を見せ、声をかけた。敵意は無いと言えば嘘にはなるが天使を狩り殺しているのは好感が持てる。顔を見てみたいと思っていたがお前だったか。
 
「やあやあ、さっきぶりだね」

 黒い喪服の女の反応は鈍く、少しの間を置いてから、こちらを見た。
 
「……ごきげんよう」
「襲ったのは許せないけど、介抱ありがとう」

 女の手元の剣を見たら、ミゼリコードとは違う、薬を仕込める事も出来ない普通の刀だった。だが、手入れはされている。それから、彼女が殺したであろうトリの死骸を見た。今までこれでやって来たのか。
 
「帰り道がこの道なんだけど、今まで私が見て来たトリの死骸はあんたがやったのかい?」
「はい、そうです」
 女はゆっくりこちらに向かって歩いて来る。
「見直したよ。寝込みを襲わなければ満点だったけど」
 私はにやりと口元を歪めた。
「誉めているのか、貶しているのか、わかりませんね」
 女は私を睨んだ。
「誉めてるんだよ」
 私は喪服の女の目を見て言った
「ただ、死骸は最低限、道に寄せるとかして片付けて欲しい。掟がある」
 
 女は頭を片手に抱え下げふらつき、ため息混じりでこう言った。

 「片付ける暇なんてありません」

 これはこれは、聞き捨てならない台詞だ。

「暇が無いだって? ぼーっと突っ立っているのはなんだ。このまま、あんたが続けていると……」

 私はトリの死骸に近寄り、頭を片足で軽く蹴って、女の方を見た。蹴った反動で周りに散らばった羽が舞う。女の目が何処を見ているのかがわからない。

「こいつらと変わらなくなる。人でありたいのなら、掟は守れ」

 私は片手に持ったミゼリコードでさらにトリの胴体に勢いよく垂直に刺した。

 「人でありたいのなら?」

 女の目がきらりとミゼリコードの刃に反射した。雲に覆われた薄い日の光が彼女の目を照らす。丸くなっていた背が伸びた。
 
「生け贄が……人扱いされると思いますか?」

 予想外の言葉が返って来た。本当に読めない女だ。

 「生け贄だのなんだのの話をしてるんじゃない」

 空いている片手で頭を抱え、溜め息をついた。こいつに感心したのが間違いだったか。女の目を見たら、さっきまでの、あのどこかに行っているような目ではなく、私を鋭く狙う狩りをする目になっていた。
 目がマジだ。
 女はこちらにゆっくり歩き、私にさらに近づいたので、私はいつでも防衛できるように剣の準備をした。寝込みを襲われた時みたいにはならないだろう。身構えて様子を見ていたら、急に女は立ち止まった。
 「私の妹が亡くなりました」
 喪服の女は急に話し始めた。だが、狩りをする目のままだ。
 本当にこいつがわからない。
 
「それで?」

 ミゼリコードを持つ手は緩めなかった。

 「胸に穴が空いた状態で私が見つけました。それ以外は眠っているかのような状態で」

 風が強く吹き、木の葉や枝がお互いを叩く音が今にも声をかき消しそうだ。
 
「私の妹はあなたと同じ兵士でした。きっと……天使に殺されたのでしょう」
「天に連れて行くのなら、あなたの言うように体もきれいに片付けて連れて行って欲しかった」

 彼女は刀の刃を優しく撫でた。

 「それは御愁傷様」
 思わず私は眉間にシワをよせた。

「妹の遺体が無かったら、現実を見なくても良済んだのに」
「天使達は心臓が特に好きみたいで拘って狙うので、だから、こうして……」

 喪服の女は森の開けた辺り一面のトリの死骸を見回した。風でトリの体の羽が軽く逆立っていた。
 だが動かない。

「狩りまくっていたと」
 私が喪服の女の言葉を遮った。

「それで妹の心臓は見つかったか?」
「見つからないわ」

 彼女の顔はどことなく悲しそうだったが相変わらず目は鋭いままだった。彼女が深く溜め息をつくと偶然なのか風がまた強く吹いた。

「奇遇だね。こっちも大切な友人をつい最近亡くしたんだ」
 
 彼女はまた私の方へ一歩ずつ近づいた。刀は下ろさない。

「私の亡くした友人の名前を教えようか」

 彼女は私の言ったことに返事もしないでそのまま黙ったまま歩く。私と彼女の距離はそれほど無い。私は剣を持っていない方の手で胸の中心に当て、こう言った。
 
「ジェーン・ドゥって言うんだよ」
 
 ミゼリコードの刃はまた雲に覆われた日の光を反射する。風で木の枝や葉の叩きあう音が辺りに響いた。

#AlaterandSacrifice

009/Altar and Sacrifice


 盲目になりたい。

「懐かしいわ」

 辺り一面には白い羽と白い大きい鳥の死骸と赤い花びらが散乱している。自分の足元のたくさんの赤い花びらと白い羽を見て、殺しても殺してもキリがないのかと絶望が私の心に襲う。

 終わりが、終わりが見えない。

 傷が新しいうちに慈悲の雫を一滴、自身に垂らす。一瞬、滲みたが痛みの感覚がなくなる。そして、少しの幸福をもたらしてくれる。体が脱力し、その場で座り込む。黒いロングワンピースとその下の白いロングスカートの裾が赤茶色く変色している。
 
「はぁ……」
 
 顔を曇り空へ仰いだ。雲から射し込む僅かな光が眩しくて温かい。私は立ち上がろうと体がよろめいてしまうので刀を力強く地面に突き刺し、刀の柄を持って体を支えた。
 この慈悲の雫で天使や殺された人はこれより強くて楽になるのかと羨ましく、生きる事は傷だらけになる事だと思った。腰のベルトの小さなポシェットの中の液剤の入った瓶を確認した。残り少なくなってきた。また作らねばならない。ポシェットの蓋をしめた。

 あの時、あの倒れていた兵士から力づくで殺して何もかも奪えば、またどこかへ行ける気がしたけど出来なかった。まだ、あの粗暴な女の肌と傷痕の感触がはっきりと思い出す。
 
 いけない。思い出してはいけない。
 あの方があの場から去ることを許してくれたのだから。
 
 私は刀を支えにし、立ち上がった。弔いの湖の浜には白い羽が乱雑に風によって散らばっている。草木が横になるぐらいの強い逆風で前髪が煽られ少し息苦しい。頭を下に向け、握った刀を眺めた。

 まだまだ狩らねばならない。まだ足りない。
 根絶やしにしてやるとトリの死骸を踏み歩いて越えた。

 集落と教会の人に、目につかないように教会に戻った。湖の近くの教会には裏庭があり、すぐ森になっていて人通りがほぼない。人がいるとすれば庭の手入れや掃除用のバケツの水を捨てる人ぐらいか。
 あまり日の当たらない場所の教会の外壁の際に白いドクダミの花が咲いている。裏口の近くの物置部屋に入り、そこに用意した服に着替えをして、刀は汚れを落とし手入れをしてから薄暗い部屋の奥に隠した。次に斬るために斬れなくなるのは困る。
 教会の広間に出ると私は至って、なんの変哲のない僧侶として振る舞う。ここに祈りに来ている人達は私のしていることは私以外、誰も知らない。目の前にいる私はあなた達の信じているものを狩っているとも知らずに。
 だけど、私はここにいる間はただの人でありたい。
 広間の香が鼻をくすぐり、煙は風に乗って開いた扉へ向かいながら、私の体を巻いていった。

「ビルギット、どこ行ってたの?」

 私の名前を呼んだのは両目の部分に包帯をしている黒髪のショートボブで、体型は痩せ気味で服装は綿性のいかにも病人が着るような寝巻き用のワンピースだった。
 
「お仕事で少しお出かけしてました」

 嘘は言ってはいない。

「今日、やっとあなたの声が聞けたわ。心細くて仕方なかったよ」
 
 曇り空で薄暗く、よく分かりにくかった。昼間過ぎあたりのようだ。今日は時間が過ぎるのを早く感じる。

「私はいつだって、ここにいますよ」
「ほら、すぐ天使に連れて行かれそうな事言ってる」

 エリカという盲目の娘はそう言って、広間のベンチに勢いよく座り込んだ。連れて行かれそうなのはどっちだか。

「仕事って、前言ってた倒れてた人のこと?」
「関連はありますね」
「えー何その曇らせた言い方!」

 この調子でエリカは失明したのにも関わらず彼女は明るく振る舞っている。彼女なりの心配させないための振る舞い方なのだろう。

 「倒れていた方は無事、回復して出発しましたよ」
「それは良かった!」
 
 エリカは静かに笑い、祈るように両手を合わせた。

 あの女に祈るのか。
 
 私は自分の後ろにある顔が蝋で覆われた女神像を見上げた。女神像の足元には祈りに来た人達がお供え物をしたり、焼香をしている。焼香の焼け焦げた臭いがまた鼻をくすぐった。今度は両目を奪われた娘の方に顔を向け、私は盲目の彼女に聞いた。
 
「エリカはもし、自分の信じていたものに裏切られていたことに気づいたら、どうするの?」

 私はゆっくり喋った。エリカの両手と頭を下げた。

 「難しいね。だけど、信じていた事に否定はしたくないかな」

 盲目の娘は私を見上げるように顔を上げた。見上げたのは女神像の方かもしれない。
 
「意地悪ね」

 エリカはそう言い、その声は弱々しく小さかった。
 決めた。狩りの続きをしよう。
 私はまた裏庭の入り口の方に向かって歩きだす。

「ねぇ! ビルギット、どこへ?」

 エリカは置いていかれまいと勢いよくベンチから立ち上がった。私は声をかけられたので立ち止まった。

 「お仕事の続きですよ」
 私はエリカに振り向き、言った。
 「私はいつだって、ここにいます。必ず戻って来ますから」

 香の煙がいつもより色濃く私の体を包み、そのまま教会を後にした。この時、私の前にはエリカが見えなくなった。

#AlaterandSacrifice

008/Altar and Sacrifice


 天使が群れをなしている。

 遠くから見た光景は白い鷺や白鳥やらアヒルやらが湖の畔でトリの群れが休息するために止まっているように見えるが、あれらが魚か虫や水草を食べているのではなく、人を、人の亡骸を啄んでいる。

 この湖は名も知らぬ身寄りのない者を弔う場所として、こうして天使に食べさせている。人の遺体を食べさせる事で亡き者を天に連れていってもらうという考えだそうだ。
 湖の畔の遺体の側には大事に花や線香などのお供え物を置かれているが、天使達は、そんなものはお構い無しに遺体を食い散らかしている。食い散らかした体の欠片が供え物の花の赤い色と似ているからか、赤い薔薇の花びらのようだった。これのどこが天に連れていってもらえると思えるのかが私には到底理解出来ない。

 湖からの様子をざっと見て、トリは二〇匹ぐらいはいる。面倒だな、さてどうするものか。

 私があの生臭坊主に看護された教会から歩いて森を抜け、ここの湖に出た。
 湖の名は弔いの湖という。
 私からすれば弔っているようには見えない。何度でも言う。規模の小さい湖で中央の方に小島が点々と三つある。一つは木や草花が生えている島で、もう二つは岩肌の島、湖の畔は砂浜の陸地に島の向こう側の岸は険しい崖になっている。空は曇りで湖の色はどんよりとした曇の色で水面から今にも霧が発生してもおかしくない景色だ。
 以前、私は白薔薇隊であれらを駆除する仕事をしたが酷かった。現場は食い散らかした遺体の欠片と臭いがまだまだ記憶に新しい。あの生臭坊主のいる教会の近くに集落があり、そこの住民の一人が天使に襲われ、その住民が両目を失明した被害があった。被害を食い止めるために奴らを駆除した。
 駆除の最中に「天使を殺すとは罰当たりな」と信者達が暴徒と化し、部隊の一人が防衛で信者三人を殺めた。一般の人には手を出すなという命令があるが、そのまま殺される訳にはいかなかった。
 殺めた事がきっかけで沈静化したのが何とも言えなかった。私達が命令とはいえ、一般の人に手を出さないと鷹をくくったのだろう。
 それで何を思ったのか、同胞の一人のそいつは、この仕事が終わった後に行方を眩ました。行方を眩ました同胞をヴィクトリア隊長は気にかけていたが気のせいだろう。あの姉にそんな物は持ち合わせていない。

 私は辺り一面を見渡し、また弔いの畔に目を向けた。
 トリは相変わらず遺体を貪り食べている。辺りには食い散らかした肉片が赤い花びらのように散らばっている。私はもう少し、きれいに食べられないのかと思ったが、すぐに頭から追い出した。やはり私はここが好かない。剣を固く握った。

 黄金色になって枯れたガマや葦が水に刺さるように群生している。その黄金色の草の隙間から白い鳥ような物があちらこちらに小さい点を描くように覗いた。
 やはり多い。一人で相手にできるような数ではない。相手にしない方がいい。静かにこの湖から離れる事にした。トリのいる方向とは真逆に迂回をした。来た事があるので道がどこに繋がっているのかはわかる。

 しばらく道なりに行くと白いトリの羽が草むらに散らばっていた。
 運が悪いな。ここもか。
 こいつらの死骸があると、仲間思いなのか、臭いにつられてなのか、すぐ集まる。別の道に行きたいが拠点に戻れる、この湖周辺の道はこの迂回の道しかない。ミザリコードの引き金を指で軽く押し当てながら歩いた。
 散らばった羽を辿ると元の羽の持ち主の死骸があった。白鳥や鷺ぐらいの大きさだ。珍しい事にこの死骸の周りには他の仲間がいなかった。ただ、変わっている事はこの天使の死骸の腹が人為的に刃物で斬り裂いたような裂け方をしている。
 斬り方がきれいだ。手慣れている。
 仲間か他の同業かと考えを巡らせた。こいつの死骸の傷口をさらに観察した。傷口の肉に混ぜ返したような痕跡があった。
 何のために?
 次にトリの目を確認した。目が無い。
 天使には階級があり、目がないものは一番下の階級らしく、一番数が多い。他の生命とこいつらが違うのは腐らない事だ。腐らないものは只者ではない。
 片足でトリの死骸の頭を軽く蹴った。ぴくりとも動かない。
 よし、大丈夫だ。
 もう一度来た道を振り返った。仲間が死んでいるのも知らずに、人の遺体を相変わらずトリは食い散らかしていた。そのトリの死骸を横目に静かに私は通り過ぎた。
 気になる事は、こいつを斬り殺した奴の顔が見たいと思った。気が合いそうだ。
 私はまた剣を固く握った。
 
#AlaterandSacrifice