No.17, No.16, No.15, No.14, No.13, No.12, No.11, No.10, No.9, No.8, No.7, No.6, No.5

015/Altar and Sacrifice


 静寂が動き出す。

 風が強く吹き叫び、砦の窓やら壁の隙間やら、どこからも風が入り、笛を吹くような音が鳴る。 私が帰って来るのを待ちわびたかのようだ。ただし、この風の音は喜びの音ではない。 私は砦の大扉を前で立ち止まり、自分の胸の中心に手を当てる。

 私は何故、立てるのか?
 私は何故、歩けるのか?
 私は何故、目が見えるのか?
 私は何故、耳が聞こえるのか?
 私は何故、息ができるのか?

 自問自答をしている。答えは見つからない。それは祭壇者として、それが理だからとしか言えない。
 古びた大扉の前でたたずみ、周囲の様子を伺うため、耳を澄ませた。人の生活音、足音、息使いすら聞こえなかった。静寂だけが残っている。まるで皆、どこかへ去ってしまったような静けさだった。
 私は思った。私がいない間、何が起きたのだろうと。いや、もう予想している事が起きている。私は一歩ずつ足を動かし、 また立ち止まっては深呼吸をする。顔を上げ、重く古い扉に手をかけ、開いていった。開くと金切り声のような音と地を削る音が鳴り響く。この砦に。
 今の私に何が出来るのだろう。このまま去ってしまっても罰が当たらないのかという思考に揺れ動く。だが私は進み歩く。
「取り返してやる。待っていろ」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 
 大扉を通ると、中庭があり、広場を中心に武器庫や倉庫などに通ずる通路がある。人が歩く場所は石で作られた石畳となっており、その石畳の隙間から生えてきた草花を抜き取っては刈り取り、手入れをしていた。草取りは当番制で中にサボる人はいたが、ほぼ毎日手入れをされ、草が生えている状態というのは、ほぼ無かった。
 だが今、私がいる、この場所の状態は草が生え生い茂っている。こんなことは無かった。
 サボる人はいたが代わりに庭弄りが好きな人がやっていた事もあり、こんな事はなかった。
 おかしい。おかしい。駄目だ。答えはもうわかっているのに!
 全部の部屋を確認をし、最後に武器庫の方へ確認した。使えそうな剣がないか探した。だが、見つかったのは全部刃こぼれした物やシリンダーの故障を起こした物しかなかった。
 門から真っ直ぐに続く通路は砦の大広間に続く。私は大広間に行き、重たい木の扉を開ける。ずっしりと重たい。
 開けた瞬間、部屋中からの風が異臭と赤い花びらと白い羽を私の元へ風が運んで来た。
 異臭が私の鼻にぶつかる。私の予想が的中したのだ。

 同胞が皆亡くなっている。

 今、この場にいる私を除き、皆、剣を持って亡くなったのだ。遺体の状態は、破魔の矢と嘴でやられたようだ。
 そして、皆、目がえぐり取られている。
 普通、目を覆いたくなり、口を閉ざすだろう。だが勇気を出して口にして言わないと行けない時がある。これはその時だ。
 破魔の矢に数回、被弾した後に同胞の身につけている装備を壊し、壊した所からそこに数匹、狙ってやってくる。狙った箇所を嘴で強く突っつき、肌が見えたら更に突っつく。
 肉が見えたら、更に突っついては肉を引っ張る。突っついては引っ張り、突っついては引っ張りと繰り返す。
 大広間の環境は外とは違い、破魔の矢を回避し辛い。
 遮蔽物は石柱と木製の家具などだけで、木の家具は破魔の矢の前にすれば何の意味もなくなる。
 机の裏に隠れて、隙を突こうとした同胞は机ごと射抜かれていた。丁度胸辺りだ。天使らしいじゃないか。
 装備を破壊して柔らかい所を狙うのは天使達の手口だ。いや、人もやるか。
 あの時の湖の天使駆除と同じだ。違うのは外じゃなく、屋内という所だけだ。どう考えても不利だ。
 しかし、こいつらが何処から侵入して来たのか?
 ここの砦は整備や修理は小まめにやって来た。

 どうやって?

 私は、大広間を見渡す。
 どこも死体、死体、死体だらけだ。上の方を見上げると月明かりがさしている所を見つけ、さらに天井の方を見たら、破壊された跡があった。
 大きく、丸く、満月がきれいに見える程の広さで大広間は吹き曝しとなっていた。
 更に大きな穴の周りには焦げた跡や天使の死骸がいくつもくっついてはぶら下がっていた。
 私は、一瞬何があったのかわからなかったが気を取り直し、私は仲間の生存者を探した。
 皆、亡くなっているのはわかっている。
 声がけしながら歩いた。破壊された家具の下敷きになっている仲間にも、瓦礫の下敷きになっている仲間にも声がけをした。倒れている仲間にも。
 
 結果は、何も誰も返事が来なかった。
 
 私は声が枯れているのにも関わらず、声をかけ続けた。声かけをする度、咳き込み咽る。

 わかっている。わかってはいる。
 
 それでも声をかけ続ける。私は風に吹かれた赤い花びらと白い羽を掻き分ける。しゃがれ声で安否の確認を叫ぶ。
 
「誰か! 無事か!?」
「ジナヴラだ! 私は帰ってきた!」
 
 天使の死骸も同胞の遺体も混じっている。近くに天使がいるかもしれない。居たら、死臭と私の声で呼び寄せるだろう。それでも抑えられなかった。
 拳を握りしめ震える。
 そうまでしても、人の息遣いさえも気配を感じられず、途方に暮れた。ただ、風が強く吹き叫ぶ音が鳴り響いた。冷たく。
 私は同胞だった物の山の上を歩き回った。天使の死骸は踏み潰し、骨も粉々にしてやった。もろいものだ。
 弔う時間は無い。これだけいるのだから。
 石造りの床の上で天使の骨を踏み砕く音が鳴り響いて続く。
 私はまた、使える剣がないかとまた探し始める。
 自暴自棄になる時ではない。辺りを見回した。同胞の持つ、ミゼリコードを一つ一つ、一人一人、確認した。
 だが、武器庫の物と同じく、それよりかは損傷が激しい物しか見当たらなかった。戦っている時、駄目になってしまった物だろう。
 しかし、液剤が入っているシリンダーは2本見つけた。
 
 剣は、使える剣はないのか。
 
 また、同胞の遺体の山を見渡す。崩壊した所に目が入った。月明かりがさしている。
 照らされた瓦礫の山の方へ自然と足が動いた。

 私を呼んでいる。そんな気がした。

 月明かりに照らされた瓦礫の山の裏側に一瞬、輝いたものが見えた。一筋の流れ星のように。
 瓦礫の山の裏側から1本の銀色の棒が見える。私は足早と瓦礫の山の裏側へかけよった。岩や折れた木に足が引っかかりそうになりながら、それでも気にせず進んだ。確信した。
 
 あった! あったのだ!
 剣が、ミゼリコードが。
 
 ミゼリコードは汚れや傷はあるが故障を起こしているようには見えない。他と違う所は生きている同胞が剣の向こう側で瓦礫の山に背中を預けて座っている。
 
「ずいぶんと遅かったじゃない」
 
 同胞が顔を上げ、私に話しかけた。セージだ。
 セージは髪の色が明るい緑色よりのブラウンで髪の長さは伸ばし、後ろ髪を黒いリボンでまとめている。まとめ髪は毛先の部分がうねっている。
 目は垂れ目でオリーブ色の瞳で、眉は怒り眉に近く線が細い。顔の輪郭は痩せ気味のため、顎が少し尖っていて、そのおかげでか鼻もするどく高く感じる。声はどこか甘ったるく、高い。
 全体的に見ると優しそうな印象を与えるが、どこか近寄りにくい。
 私は剣の向こう側にいるセージにかけよった。私は涙が枯れていると自分で思っていたが泣きそうになったが堪えた。

 静寂が動き出した。
 
「すまない。大丈夫か?」
 私はそう言いながら、セージの様態を確認をする。 
「大丈夫じゃないわ。見てわかるでしょ?  らしくないわね」
 と冗談と皮肉が交じりに微笑みながら言った。 
 セージは右腹の方を手でおさえている。彼女は気だるげにため息をつく。安心も痛みからの物だろう。
「ジナヴラちゃんが帰ってくるのが遅くて、私の事を忘れ去られていると思っていたわ。覚えている? 庭弄りが好きでよく庭の手入れをしていたセージよ」
 眉間に皺を寄せながら、痛みを我慢している声でセージは話した。
 「覚えている。お前、剣の薬を使っていないのか? 早く使え!」
 私は持って来た慈悲の雫のシリンダーを1本使おうとした。
「先輩に「お前」呼ばわりは相変わらずだったわ。らしいわ」
 セージはクスクスと笑い、咳き込んだ。 口を手で抑え、抑えた跡の手の平には唾液と血の色が薄くなった物で染まっていた。
 セージの目は鋭く、ジナヴラ、私の目を見つめた。
 わかっているでしょ? と言わんばかりに。
「他の人が来たらと思って使わないでいたわ。他の仲間も私も天使に奇襲されて戦ったけど、このザマよ」
 目をつむりながら、セージは自分の右腹を傷を強く抑えた。血がまた滲み滴り落ちる。
「もう喋るな」 
 私は手当てをしようとし、スカーフを取り、セージの側までかがみ込んで止血を試みようとした。が、セージに手を跳ね除けられた。 
「私、もう喋らないわ。ジナヴラちゃんの頼みだし」 
 またセージは私の目を強く見つめた。私は自分のスカーフを持った手を大人しく引き下げ、スカーフを強く握りしめた。 
 私は静かに立ち上がり、セージからそっと離れ、ミゼリコードを引き抜いた。引き抜いた時の剣はまた光を射した。
 私はシリンダーが回るか確認するため、軽く引き金を引き、金属同士が軽く叩く音が辺りに響いた。 故障は無いようだ。シリンダーの中の薬も入っている。
 私はまたセージの方を見ると、セージは頭を下げ眠っていた。喋らない。もう。
 私は喋らないセージと同胞達を後にし、歩き出した。
 託された慈悲の剣を握り、静寂は動き出す。
 握っていたスカーフをまた首元に締め直した。

#AlaterandSacrifice

014/Altar and Sacrifice


 顔が蝋で覆われた女神像がある。

 私は顔が蝋で覆われた女神像の前に跪いていて祈りを捧げている。形式上だが白薔薇隊は掟として、祈りを捧げる慣習がある。
 日が暮れ、空は深い紺色に染まり、薄雲はねずみ色に染まった。その中に点々と散り散りに小さな白く輝く宝石のように星が輝いている。
 月明かりもはっきり分かるぐらい、月はきれいに空の上で顔を出し、廃れて屋根が朽ちた教会と私を照らす。
 あの顔が蝋で覆われた女神像も一緒に。
 今宵の月光は青白い。暗闇の中で目を慣らすにはたいして、そのおかげで時間がかからなかった。
 私の銀の左手は青白い月光を反射し、きらめいた。その銀色の左手の指で、昔、誰かが、知らない人達が大切にされてきたであろう女神像にあの顔の蝋を剥がして顔が見たくなる衝動に駆られた。
 私は銀の左手の指で女神像の左手の頬についている蝋を一欠片、傷をつけ削り取る。
 削った跡は白く、像自体は雨風に晒され、一部が風化し、土埃や苔などで汚れている。削り取った所は当時のままだろう。おそらくは。
  いっその事、全部、顔の蝋を剥ぎ取ってやろうか。
 だが、私は自分の銀のフクロウの仮面に左の義手の手の平でおおった。金属同士のぶつかり、擦れる音が鳴る。
 
「罰当たりな」

 独り言を呟くほどに衝動に駆られた。
 女神像に私はけっして、話をかけていない。物言わぬ。
 周囲に誰かいないかと確認し、音も足音や話し声、息の音などに耳を澄ませて聞く。
 警戒して周りの様子を確認した。虫が飛んでいるだけで誰の姿も見ない。音は野生動物の鹿か兎かは分からないが、それらの足音だけで人の足音が聞こえなかった。
 私の独り言しか聞こえない。
 ただ、あるのは風が優しく草木の葉を撫で合う音や虫の音色しかなかった。 
 私は顔が蝋で覆われた女神像の顔を生まれてから一度も見たことがない。
 この国の、この地の奇習と言えばそうだが各地の女神像の顔も蝋で覆われているのだ。
 祈りを込め続け、顔がわからなくなるほど、何人も何年も何度も幾度も祈りを込め女神像の顔に蝋を垂らし続ける。そうして顔が分からなくなっていく。 人の祈りのために。
 何故なのかは少しだけ、私の一番上の姉から聞いたことがある。この国の神話から由来すると言う。
 火を灯した蝋燭の溶けた蝋を女神像に垂らすのはこの国の神話の女神の涙は不滅らしく、それを合わせて、溶けた蝋の雫を涙に見立てている。最も古い物だと塩水を垂らし続けて、顔に塩がこびり着いた物もあれば、変わり物だと蜂蜜か樹液を塗っている物もあるそうだ。
  そう、私の一番上の姉が教えてくれた。優しく。
 もう昔の話だ。だがずっと覚えている。戦っているうちに忘れるものだと思っていたが、忘れられないものだと。
 一番上の姉は、生まれながらにして左腕と左足が無い、こんな体の私に優しくしてくれた。
 今は、姉上はどこにもいなくなってしまった。
 人は先にいなくなる人の声を忘れてしまうと言う。私は戦い続けて忘れてしまった事を幾度も経験した。
 だけど彼女のどんな声色だったかははっきり覚えている。薔薇の花の香りのような、くすぐるような甘い感覚と言えばいいのだろうか。甘いのだけは覚えている。 姉上の顔が、私の記憶から、ぼやけて忘れてしまいそうになったときは、恐かった。
 いつか全部忘れていきそうだ。でも今は、私は、覚えている。 私は思い出そうとして、無意識に頭をうつむいてしまっていた。
 自分の足元が目に入り、踏みつけているのは古くなって苔と黴で汚れたカーペットと、つま先の近く、その先には青緑色に所々錆びた蝋燭立てが一〇本倒れて落ちていた。その中には折れてしまっているものもある。他にヒビが入った花瓶に、香入れが横になって倒れ、灰をこぼしたままだったりと物が散乱していた。
 私は顔を上げ、祭壇の方を見ると枯れた花が四本。横になったまま女神像の祭壇は、おそらく当時のまま放置されて来たようだ。この教会は忘れ去られて朽ちていったのだろう。
 女神を置いて。
 ただ違う事は、私がここにたどり着いてしまった事だった。
 ここの教会がどういう経緯で建てられた物なのかはわからないが、新しく建てられたときはきっと、この女神像の顔を見ることが出来ただろう。
 私は思いを馳せながら、朽ちた祭壇に一つだけ、布に包まれた供物を捧げる。
 それはまだ新しく、それは布が赤く染まるもので、それはかすかに温かく、それは徐々に冷たくなって行き、私はまた祈りを捧げ、また立ち上がり、朽ちた祭壇の上の赤く染まった布に包まれた供物に銀の左手をかざす。
「十分、祈ったさ。もうこれでお預けだ」 
 朽ちた祭壇から、赤く染まった布に包まれた供物を取り上げた。同時に左の銀の手のひらも赤く移る。
 私は金属製の胴当てをもう片方の生身の右手で外していく。鎧は植物の蔦や葉の模様を彫られた職人技の物で、それも月明かりに照らされ、光る。
 今は本来の銀色と違い、生々しい赤が彩られている。
 
 新しい、いや、少し前にだ。
 
 実の妹を手にかけた、その時に着いたものだ。妹の血を浴び、それは装備の下の衣服まで染み渡っていた。
 半乾きで布と肌がくっつく感触には慣れている。どうってことは無い。また洗えば良い。
 私は衣服のボタンを外し、中の下着を上にずらした。外気に晒された私の肌は風が古傷を撫でる。
 少し肌寒く感じる。まだこの季節は寒くないのに。濡れたせいだろう。それも時期に感じなくなる。
 自分の胸の下着に意味はない。だって、両方の乳房は自分で削ぎ取った。
 こんな生まれながらの不完全な体に不釣り合いな上、もちろん病もあった。が、戦う上で邪魔だと。 だから、乳房は両方とも自分で取った。丁度良かった。元あった胸は手術痕になっている。
 私は頭を上げ、目を合わせる事が出来ない女神と目をそらさず、剣の引き金を引く。
 シリンダーの回る音と引き金のぶつかる音が鳴る。強く引くほど、中の水薬が剣に慈悲が満たされていく。
 そして、私はこの剣で自らの胸に突き刺す。目を見開いたまま。
 女神像の背後には満月が見える。光背のようだ。だが顔は見せない。女神も私も泣き顔を見せたくないのだろう。剣の柄を力のある限り強く握り、胸を縦に裂き、妹ジナヴラが愛したジェーンの心臓を赤く濡れたヴェールをめくり外し、そして私の胸にしまい込んだ。
 剣で自らを斬った。痛みは無く、あるのは冷たい異物感だけで終わった。 自分で自分を斬り裂いた影響で出血が多く、くらつき、膝をついた。剣も手から離し落とした。 きらりと血と薬で剣は輝く。
 私はそのような状態になっても、顔が蝋で覆われた女神像を見続け、私は女神に向かって静かに言い放す。
 するどく、かなり鋭くに。 
「私は白薔薇隊、隊長ヴィクトリア。悲母トランメディセインよ。私はお前の事なんぞ、信じていない。だが形式上の祈りだけは捧げてやる」 
 女神像は物言わぬ。偶像だから当たり前か。
 私は張り叫んだおかげで、目眩で一瞬目の前が真っ暗になったがすぐに元に戻った。 
「私はお前に縋るほど、馬鹿ではない。私の部下や同胞も皆そうだ」 
 私は傷の痛みを感じず、口元は少し歯を覗かせて、にやりと笑う。
 月は女神と私を照らし、風は強く傷を負った胸と肌を撫でていった。

#AlaterandSacrifice

013/Altar and Sacrifice


 天使、迎えに来ず。

 鳥の羽ばたく物音が聞こえる。何かから逃げるように抜け落ちた羽を残して、散り散りになりながら飛んでいく音がする。

 羽か、羽の音。ああ迎えに来たのか。

 ジェーンだったら良かったがここも甘くなかったのはがっかりする。
 姉にトドメを刺されてからは前が見えない。ここは何処だ?
 手を前に伸ばそうとしたら、腕と手を動かせられた。私はそのまま自分の顔を触ると、顔の上に布を被せられていたので掴んだ。布は薄く滑らかで手触りがよかった。
 さらに片手の方の手で布の下になっている自分の顔の頬を手探りで触った。皮膚と肉の下の固い骨の感触があり、外気に晒されている。皮膚が冷たく、だが仄かに温かった。普段なら気にもしない感覚すらも感動を覚えた。

 羽ばたく音がまた聞こえる。

 私は顔の上の布を取ると、暗く目を凝らして見るとドーム状の石造りの天井が見えた。目で右から左へ左から右へと辺りを見回した。暗闇の中に薄い光が刺しているところが少しだけ見えた。
 私は自分の頬にある手を口を軽く触り、そのまま線を書くようにつたい喉を触った。次に胸の傷痕あたりを触った。革の胸当ては無く、上はシャツだけになっていて、胸が少しはだけていた。胸の傷とその周囲は血や血漿が生乾きでベタついている。不快だったので顔にかかっていた布で拭いた。

 私は生きている。いや、生かされている。
 
 生唾を飲み、次に上半身をゆっくりと起こした。自分の膝の上を見ると赤い花びらが散っていて、さらに周りには大量の赤い花びらで積もっていた。
 私は石造りの床の上に寝かせられていたようだ。大量の花びらがクッションの役割になっていたおかげでか、背中があまり痛くならずにすんだ。
 目が暗闇に慣れ、月明かりを頼りにまた見回しながら、はだけているシャツのボタンをかけ直し立ち上がった。
 床と同じく、石造りのアーチ状の大きい窓がいくつも並んでいる廊下があり、その廊下は雨や風で花びらの吹き溜まりになっている所はどうやら廃墟と化した寺院らしい。
 柱や壁にひび割れがあり、その隙間から草木が生え、太陽の光や雨水を少しでも多く摂ろうとして背を伸ばしている。窓の向こう側には小さな溜め池があり、それもレンガで整備されていて、水が汲みやすいように足場と階段があった。
 私は喉が乾いていたので溜め池の方を確認するため近くに寄った。中庭の溜め池は長い間、人の手入れがされていなかったおかげでか、水は藻が浮いていて、落ち葉や虫の死骸が浮いていて、水草が生え、小さな虫や生き物達の住処になっていた。
 私は溜め池の水質を見て、我慢をした。
 また私が寝かせられていた場所を振り返る。自分の持ち物が無いかと確認し、花びらの吹き溜まりの方もくまなく探したが見当たらない。自分は殺されたようなものだから当たり前かと笑いが込み上げる。
 ここに居ても仕様がない。
 私は中庭の向こう側に見える白い石造りの入り口が見えるので溜め池の前を通りすぎようとした。草花が生い茂っているので足が上がりづらい。自分の今の体だとさらに足が上がらなかった。何度か草に引っ掛かっては転びそうになりながらも溜め池の中庭を何とか通った。
 虫は草の中を飛び回っては草に止まる音だけを残す。
 しばらくして、上空から鳥の羽ばたく音が大きく聞こえたので見上げた。
 トリが群れて飛んでいる。廃墟の中庭で丸腰で立っている私がいるのにも関わらず、私を見もくれずに通り過ぎて行ってしまった。
 私はこいつらにさえ、迎えに来てもらえないのかと含み笑いをした。喉が渇いてくっつくような感覚がし、笑うと咽た。
 私はまた空を見て、飛び去って小さくなっているトリ達に向かって叫んだ。
 
「私は丸腰だぞ! ほら来いよ!」
 
 精一杯しゃがれ声で叫んだ。
 それでもなおトリは振り向かなかった。
 自分の声がこだまとなって響いて終わり、私はさらに吐きそうになるほど咽せ、片膝をつき、喉を両手で抑え、落ち着くまでしばし、そのままの体勢にし、咳が治まると胸の真ん中を優しく抑えて、小さく呟いた。
 
「……ジェーンはいない」
 
 自分が酷く情けなく感じた。
 なら、迎えに来ないならこっちが行けばいい。地の果てまで。
 
 頭を上を向け、静かに立ち上がり、朽ちた石造りのアーチ状の入口に向かい中庭から立ち去った。

#AlaterandSacrifice

012/Altar and Sacrifice


 霧がかった景色に光が射す。

 雲がまだ厚く残っているが空が見える。地平線の空は紺から青紫へ、桃色から橙色と上を見れば段々と空が移り変わっている。私は静まり返った砦の前に立ち、胸に手を当て、それから腰の鞘に納めているミゼリコードの柄を軽く触れ深呼吸をし、砦の前から立ち去った。

 ヴィクトリア隊長との待ち合わせは、砦の中ではなく、ここから少し離れた隠れた場所である。
 風は相変わらず強く、私の背中を押す。開けた草地は風により棚引かせ、草がそよぐ。草地の鳥の鳴き声や虫の鳴き声もかき消すように。
 待ち合わせ場所は砦の少し離れた林の中の道に入り、林の中の道は木の影で薄暗い。道を抜けるとそこには小さな木造の小屋があった。屋根にはところどころ草や苔が生えている。
 壁も朽ち始めている。当分、誰も手がかけなかったのだろう。小屋の周りには白い花が所々咲いている。茂みには赤い木の実がついていて、鳥が啄んだような箇所があった。
 
 私は姉がいるかと辺りを見回し歩いた。さっそく小屋の扉を開け、中を確認した。小屋の中は使い古された簡易な寝泊まりをする家具一式があり、天井には蜘蛛の巣が張り、獲物を待ち構えている蜘蛛だけで中には誰もいなかった。
 ジェーンはいるのかともう一度、小屋の中を見回したがいない。古ぼけた木製の家具が薄闇の中にあるだけだった。
 
 そうだ、私が殺した。

「畜生!」

 咄嗟に後退りながら小屋から出た。扉が壊れるぐらい勢いよく閉めた。閉めた音が大きく、夕暮れの空と林に響く。

「もう少し、静かに閉める事は出来ないのか」
 
 背後から嫌でも聞き慣れた声が聞こえた。振り返るとヴィクトリア隊長が腕組をしながら、片足に体重をかけて立っていた。
 
「はぁ……! はぁ……!」

 私は息使いが荒くなり、二の腕を押さえ、上半身は丸まっていた。その様子を姉に見られたのが恥ずかしくなり姿勢を正した。ゆっくりと。
 
「……いないかと思ってたよ」
 
 私は眉をひそめながら言った。
 
「取って来たか」
 
 私の姉である冷たい鳥の仮面の向こう側から発した第一声だった。姉は腕組をしながら続ける。
 
「よくやった。それでどこに?」
 
 相変わらずだため息をついた。
 
「白々しい」
 
 私は眉間に皺を寄せ、眉をひそめながら、手を胸に当てた。姉のヴィクトリアの視線が私の胸に突き刺す。
 
「帰りが想定より遅かったから、本当に心臓を取って来たのかが懐疑でね」

 ヴィクトリアは空を仰ぎ、また私に視線を向ける。
 
「何せジナヴラ、あなたが帰って来るまでに18日間かかった」

 腕組が緩み崩れ、片手に腰を当てた。体重をかける方の脚は変わらず、銀の右足に体重をかけている。
 
「知ってる顔の……しかも友人に手をかける事に躊躇が無い訳が無いだろ……」
 
私は姉の仮面から夕暮れの空へと見上げた。空は紺色に移り変わっていく。また仮面へ視線を戻した。
 
「通りすがりの人に介抱してもらってね」
 
 冷たい鳥の仮面は軽く首をかしげた。この受け取れる仕草からしては逃げたと思っているだろう。当たり前だ。こんなの逃げたくなるに決まっている。
 
「それなら、あなたを介抱した人へ礼をしなければならないな」
「礼なら、もうとっくに済ませたら」

 私はにやりと笑い、胸に当てた手で眉間に持っていき抑えた。深呼吸をし、息を深く吐いた。腰の鞘からミゼリコードを抜き、目の前に立つヴィクトリア隊長に差し出した。
 
「ほら、とっととやれよ」
 
 どうせ殺されるなら、自分が今まで使って来た物が良い。最期に私のわがままを通せられるのなら。
 ヴィクトリアは剣の柄を銀色の手で掴もうとしたが、かざした。伸ばした右腕は肩まで銀色が続いている。銀の手は私が剣を差し出している方の手に触れた。私は思わず手を引きそうになったが剣の柄を強く握り、姉の仮面に眼つけた。ヴィクトリアはゆっくりと私の手を撫でながら、剣の柄を軽く握った。視線は剣から私の顔に移った。
 
「らしくない」
 
 そう言って、ヴィクトリアは私の剣を離した。私は何で期待していたのだろう。目を閉じ、溜息をついて剣を持つ片手を下げた。
 
「わかってくれるとは思っていたんだけどね」
 
 私がまた目を開けると、ヴィクトリア隊長は静かにミゼリコードを構えて立っていた。剣の引き金を引き、慈悲の雫は刃を伝い、薄暗い林の中のわずかな光を集めて反射している。私はそれを見て逆手に持っていたミゼリコードを構え直した。
 
「……気が変わったか」
「らしくないって言われたら、そうしてやろうってだけだよ」
 
 片手に持った剣の刃でヴィクトリアの胸に指した。刃とヴィクトリアの革の胸当てに針を刺す程度に当てた。それに対し動じず、銀の手で握り、金属同士のこすれる音が辺りに響く。
 ヴィクトリアは銀の片手で私の剣を勢いよく跳ね除けた。私はその反動で大きくよろめき、後頭に倒れた。その時に持っていた剣も手放してしまった。剣は林の茂みの前の地面に見事に突き刺さった。突き刺さった剣を横目で見た後、見下ろしている姉が仁王立ちで私の顔を覗いている。私は姉と目が合ったような気がしたので捨て台詞を吐いた。
 
「薬たっぷりで頼むよ」
 
 私は意地で鳥の仮面を見続けた。
 ヴィクトリアは黙って、ミゼリコードの溶剤の入ったシリンダーの引き金を静かに強く引き、刃につたう慈悲の雫が地面を打つ音が聞こえた。ミゼリコードを両手に逆手に持ち、私の胸に当てた。
 服が冷たく張り付く。剣を胸から少し浮かした後、勢いよく私の胸に突き刺した。胸に鋭い痛みを感じた後、少ししてから痛みを感じなくなった。残るのは冷たい異物感だけだった。見える景色がぼやけてきた。
 これでジェーンの後を追える。
 姉は鳥の仮面を外した。仮面を外している所を見るのは数年ぶりだ。視界が強くぼやけているので顔がよくわからない。
 見えるのは剣の反射した光だけで私は静かに目を閉じた。 闇だけになり、聞こえる音は草木同士こすれあう音と金属同士のこすれる音だけで、その音も徐々に聞こえなくなった。残るのは静寂となった。

#AlaterandSacrifice

011/Altar and Sacrifice


 白薔薇隊の掟、人を殺めてはならない。

 相変わらずの曇り空で風が時々強く吹いては草や木の枝同士の叩く音が響き、天使達の死骸がある場所を決闘場として、拍手を送っているようにも聞こえた。
 私は兵士で相手は僧侶。いや、元白薔薇隊の兵士か。互いの刀と剣は薄い日の光を反射させている。
 喪服の僧侶はゆっくりこちらに向かい、歩きながら話した。刀を構えながら。

「返してもらいましょうか」
 女は私に睨み言い放った。私は半笑いを浮かべた。

「嫌だと言ったら……?」

 僧侶は刀を構えながら、風のように飛び走り、刀を私に向けて振り落とした。私は咄嗟にミゼリコードで受け止めた。刃同士の軋む音が響く。僧侶は声を荒げ、力強く刀を押す。
 
「あの時、躊躇しないで取ってしまえばよかったわ!」

 私も抵抗する力を入れる。

「もう遅いんだよ!」

 目一杯、ミゼリコードで僧侶を押し返し、反動で後ずさらせた。痛いぐらいに奥歯に力が入り食い縛る。

「ジェーンを返して!!」

 僧侶は金切り声をあげた後、目を片手の袖で擦り構え直した。目が潤み、片方の袖で目を擦った所の布の色が変わっていた。

「私を介抱してた時にいくらでも出来ただろ!」

 私は怒鳴り声をあげ、続ける。
 
「何故やらなかった!」

 ミゼリコードを片手で僧侶に指し言葉を投げかけた。投げかけて返って来る言葉は答えにならなく無駄だった。
 
「ジェーンを返してっ!!!!」
 
 僧侶はまた私に向かい、刀は風を斬る。決闘場は刃と刃の叩き合う音が鳴り響き、刃は薄い日の光を何度も反射させる。
 僧侶の刀は激しい。だが今までして来た天使狩りの疲れと私を目の前にして冷静さを失っているのがわかる。僧侶の刀に出ているので私は守りに徹し、反撃の機会を伺いながら攻撃を受け止める。雑だが、やはり只者ではない。
 僧侶はなりふり構わずに刀を振るっては受け止める度に金属同士のぶつかる音が何度も響き、次第に隙が多くなった。大きく降った後に隙が出来ている。私はそこをついた。
 僧侶はまた刀を大きく振るう。
 
 よし、今だ!
 
 私は僧侶の刀をはね除け、僧侶はよろめいた。その隙に素早く腹にミゼリコードを深く斬りつけた。斬りつけた拍子に血の雫が飛び散り、地面を叩いた時は花びらのように見えた。
 僧侶は立ちすくみ、片手で腹の傷口を押さえながら、刀を取りに行こうとしたのか後ずさろうとした後に仰向けに倒れた。
 私は倒れた僧侶にゆっくり歩き近づき、相手の傷口に向けて剣を指す。それを見た僧侶は諦めたのか目を瞑った。

「仕返し出来て清々したよ」

 私はミゼリコードの引き金に手にかけた。手にかける前に名前だけは聞いておこうか。
 
「あんた、名前は?」
 
 僧侶は眉間に皺を寄せながら、目を瞑ったまま、口を動かした。

「……ビルギット」

 僧侶は腹の痛みに耐えながら名乗った。私に答えが帰って来た。私はミゼリコードの引き金を強く引き、液体の薬を腹の傷口に垂らした。雫は剣を伝う。
 横たわってるビルギットと言う僧侶のロングスカートの裾に手をかけた。手にかけた時、ビルギットは目が開き、目線を私に向けた。何か物言いたげな顔をしているが、さっそくの薬の効果で声が出そうにも出せずに荒い呼吸音だけが聞こえる。
 
 お前、私にやった事を忘れたのか?
 
 私は勢いよくスカートの裾を一部破いた。破いたスカートだった布は包帯状にした。ビルギットのロングスカートが膝ぐらいのスリット状になり、ビルギットの傷とアザだらけの片足が少し覗いた。私は破いたスカートの布でビルギットの腹部の刺し傷に止血して布を巻いた。
 ビルギットは相変わらず何か言いたげに呼吸を荒げながら、起き上がろうとしている。その様子は青虫みたいにもがいている。

「暴れるな」

 ビルギットの腕を掴んで押さえ、私の体が彼女に覆い被さるように押さえつけた。
 
「言っておくが殺すつもりはない」
 
 私は押さえた腕の力を緩め放し、彼女の体から自分を退いた。止血した場所は血が滲んで赤くなっている。ビルギットは薬でなのか悩ましげだが、どこか安心しているかのような顔をしている。私は
彼女の元から立ち上がり見下ろした。
 
「それに、一般の人は殺すなという掟がある。私はそれを守る」
 
 ビルギットは私の方を見て、待てと言わんばかりに片手を伸ばした。私は何もせず、自分が刺した女のその場から立ち去った。
 風が強く吹きあがり、羽が舞う。風の音と共にあの鳴き声が遠くから聞こえる。あの汚い鳴き声がどんどん近くなっているので、私は立ち止まって空を見ると、後ろを振り向いて遠く小さくなったビルギットに白いトリ達がビルギットの上空に弧を描きながら飛んでいる。

 天使が来た。
 
 トリのような見た目をしている天使は鳴き声をあげながら、私が刺したビルギットの方へ一〇匹舞い降りて来た。仲間の死骸が転がっていると必ずやって来る。
 トリの群れの汚い鳴き声は獲物を見つけた歓声に聞こえた。ビルギットは天使の餌食にならまいと必死に刀を手にかけ、上半身を起き上がらせた。体に力を入れた影響で止血した腹部から、さらに血が滲んでいる。
 必死に刀を振り回して追い払おうともがき、刀を振り回した不意に一〇匹中の二匹のトリがビルギットの振り回した刀が翼に当たり鳴き喚いて飛べなくなった。

 けっこうやるものだな。
 これだけ元気があれば、彼女は生き残るだろう。掟は守った。
 後は私が知ったことではない。
 
「死骸を片付けろというのは、こういう事だよ」

 私は振り返らず、そう言い残して、静かに天使の死骸がある決闘場を後にした。決闘場は生きたままの鳥葬の場となった。
 風が強く吹き、天使の羽が雪のように舞った。

#AlaterandSacrifice

010/Altar and Sacrifice


 破魔の矢が飛び交う。

 弔いの湖付近でまだ昼間なのに流れ星が走っている。流れ星は言い過ぎというくらいには遅いか。稲妻みたいには見える。天使と呼ばれるトリ達が私達を見かけると光の矢を飛ばしてくる。トリの体から発する一筋の光が眩しい。
 この一筋の青白い光、すなわち破魔の矢に当たると私達の体は、当たり前だが使い物にならなくなる。
 その中で、こいつらに私達はこの毒を塗った剣一つで立ち向かい戦っている。
 馬鹿馬鹿しいと思っただろ?
 それは私も皆も思っている。思わない奴は馬鹿だ。

 迂回の道は運良くトリ達とは遭遇はしなかった。いや死骸はよく道端に落ちていた。狩った死骸は片付けるのが同業のルールだが、最近誰か、殺しまくっているようで後片付けをするという気配りも無いようだ。
 見てみろ。私が歩いている道なんて白い羽が散らばっていて、道を飾り、また少し歩くとトリの死骸と出会う。
 これで肉料理でもしろとでも?
 私は来た道を振り返ると弔いの湖は小さくなっているが稲妻のような一筋の光が乱射しているのが見える。少し前まではこういう事は起きなかった。
 この「戦友の心臓を持って来い」という頭のいかれた姉の頼み事をしてからだ。
 姉に逆らう事は出来ないのか? って? この末端の兵士に何が出来ようか。冗談がキツい。
 物思いに耽りながらも道なりに歩いていたら、青白く光った。稲妻のような破魔の矢の光が強いという事はかなり近い。私は警戒して木の影に身を隠しながら移動をした。光った方向が目的地の方角だったので避ける訳には行かなかった。

 仕方ない。やるか。

 ミゼリコードを構え直した。刃に光が反射した。
 目を瞑るほどの光が強くなっていく中、天使の羽が柔らかく舞う。天使が誰かを襲って暴れているのか、羽の抜け落ち方が今まで狩って来たがこんなには散らばらなかった。生きている間は。だが多い。
 天使を目視出来るほどの距離に近づいた。地面を見ると散らばっている羽の数が多い。破魔の矢が放たれる度に光り、鷺のような「ギエー! ギエー!」と鳴き声が聞こえ、その後は静まった。

 止んだか?

 私は木の影からそっと現場の様子を見た。トリの形をしている天使達の死骸五匹、惨殺されていた。暴れまわった跡は破魔の矢が飛んでいたと思われる黒焦げの跡が数ヶ所あり、木に当たった場所は木の太い枝は折れては裂け、地面は凹んでその周りは土や石が散らばっている。
 さらに森の開けた土地の奥の方、天使の死骸がある先に人がいた。刀を持って空を仰いでいる女が。
 
 見たことがある。いや、あったばかりほどだ。

 あいつか、あいつだな。

 私は静かにあいつの前に姿を見せ、声をかけた。敵意は無いと言えば嘘にはなるが天使を狩り殺しているのは好感が持てる。顔を見てみたいと思っていたがお前だったか。
 
「やあやあ、さっきぶりだね」

 黒い喪服の女の反応は鈍く、少しの間を置いてから、こちらを見た。
 
「……ごきげんよう」
「襲ったのは許せないけど、介抱ありがとう」

 女の手元の剣を見たら、ミゼリコードとは違う、薬を仕込める事も出来ない普通の刀だった。だが、手入れはされている。それから、彼女が殺したであろうトリの死骸を見た。今までこれでやって来たのか。
 
「帰り道がこの道なんだけど、今まで私が見て来たトリの死骸はあんたがやったのかい?」
「はい、そうです」
 女はゆっくりこちらに向かって歩いて来る。
「見直したよ。寝込みを襲わなければ満点だったけど」
 私はにやりと口元を歪めた。
「誉めているのか、貶しているのか、わかりませんね」
 女は私を睨んだ。
「誉めてるんだよ」
 私は喪服の女の目を見て言った
「ただ、死骸は最低限、道に寄せるとかして片付けて欲しい。掟がある」
 
 女は頭を片手に抱え下げふらつき、ため息混じりでこう言った。

 「片付ける暇なんてありません」

 これはこれは、聞き捨てならない台詞だ。

「暇が無いだって? ぼーっと突っ立っているのはなんだ。このまま、あんたが続けていると……」

 私はトリの死骸に近寄り、頭を片足で軽く蹴って、女の方を見た。蹴った反動で周りに散らばった羽が舞う。女の目が何処を見ているのかがわからない。

「こいつらと変わらなくなる。人でありたいのなら、掟は守れ」

 私は片手に持ったミゼリコードでさらにトリの胴体に勢いよく垂直に刺した。

 「人でありたいのなら?」

 女の目がきらりとミゼリコードの刃に反射した。雲に覆われた薄い日の光が彼女の目を照らす。丸くなっていた背が伸びた。
 
「生け贄が……人扱いされると思いますか?」

 予想外の言葉が返って来た。本当に読めない女だ。

 「生け贄だのなんだのの話をしてるんじゃない」

 空いている片手で頭を抱え、溜め息をついた。こいつに感心したのが間違いだったか。女の目を見たら、さっきまでの、あのどこかに行っているような目ではなく、私を鋭く狙う狩りをする目になっていた。
 目がマジだ。
 女はこちらにゆっくり歩き、私にさらに近づいたので、私はいつでも防衛できるように剣の準備をした。寝込みを襲われた時みたいにはならないだろう。身構えて様子を見ていたら、急に女は立ち止まった。
 「私の妹が亡くなりました」
 喪服の女は急に話し始めた。だが、狩りをする目のままだ。
 本当にこいつがわからない。
 
「それで?」

 ミゼリコードを持つ手は緩めなかった。

 「胸に穴が空いた状態で私が見つけました。それ以外は眠っているかのような状態で」

 風が強く吹き、木の葉や枝がお互いを叩く音が今にも声をかき消しそうだ。
 
「私の妹はあなたと同じ兵士でした。きっと……天使に殺されたのでしょう」
「天に連れて行くのなら、あなたの言うように体もきれいに片付けて連れて行って欲しかった」

 彼女は刀の刃を優しく撫でた。

 「それは御愁傷様」
 思わず私は眉間にシワをよせた。

「妹の遺体が無かったら、現実を見なくても良済んだのに」
「天使達は心臓が特に好きみたいで拘って狙うので、だから、こうして……」

 喪服の女は森の開けた辺り一面のトリの死骸を見回した。風でトリの体の羽が軽く逆立っていた。
 だが動かない。

「狩りまくっていたと」
 私が喪服の女の言葉を遮った。

「それで妹の心臓は見つかったか?」
「見つからないわ」

 彼女の顔はどことなく悲しそうだったが相変わらず目は鋭いままだった。彼女が深く溜め息をつくと偶然なのか風がまた強く吹いた。

「奇遇だね。こっちも大切な友人をつい最近亡くしたんだ」
 
 彼女はまた私の方へ一歩ずつ近づいた。刀は下ろさない。

「私の亡くした友人の名前を教えようか」

 彼女は私の言ったことに返事もしないでそのまま黙ったまま歩く。私と彼女の距離はそれほど無い。私は剣を持っていない方の手で胸の中心に当て、こう言った。
 
「ジェーン・ドゥって言うんだよ」
 
 ミゼリコードの刃はまた雲に覆われた日の光を反射する。風で木の枝や葉の叩きあう音が辺りに響いた。

#AlaterandSacrifice

009/Altar and Sacrifice


 盲目になりたい。

「懐かしいわ」

 辺り一面には白い羽と白い大きい鳥の死骸と赤い花びらが散乱している。自分の足元のたくさんの赤い花びらと白い羽を見て、殺しても殺してもキリがないのかと絶望が私の心に襲う。

 終わりが、終わりが見えない。

 傷が新しいうちに慈悲の雫を一滴、自身に垂らす。一瞬、滲みたが痛みの感覚がなくなる。そして、少しの幸福をもたらしてくれる。体が脱力し、その場で座り込む。黒いロングワンピースとその下の白いロングスカートの裾が赤茶色く変色している。
 
「はぁ……」
 
 顔を曇り空へ仰いだ。雲から射し込む僅かな光が眩しくて温かい。私は立ち上がろうと体がよろめいてしまうので刀を力強く地面に突き刺し、刀の柄を持って体を支えた。
 この慈悲の雫で天使や殺された人はこれより強くて楽になるのかと羨ましく、生きる事は傷だらけになる事だと思った。腰のベルトの小さなポシェットの中の液剤の入った瓶を確認した。残り少なくなってきた。また作らねばならない。ポシェットの蓋をしめた。

 あの時、あの倒れていた兵士から力づくで殺して何もかも奪えば、またどこかへ行ける気がしたけど出来なかった。まだ、あの粗暴な女の肌と傷痕の感触がはっきりと思い出す。
 
 いけない。思い出してはいけない。
 あの方があの場から去ることを許してくれたのだから。
 
 私は刀を支えにし、立ち上がった。弔いの湖の浜には白い羽が乱雑に風によって散らばっている。草木が横になるぐらいの強い逆風で前髪が煽られ少し息苦しい。頭を下に向け、握った刀を眺めた。

 まだまだ狩らねばならない。まだ足りない。
 根絶やしにしてやるとトリの死骸を踏み歩いて越えた。

 集落と教会の人に、目につかないように教会に戻った。湖の近くの教会には裏庭があり、すぐ森になっていて人通りがほぼない。人がいるとすれば庭の手入れや掃除用のバケツの水を捨てる人ぐらいか。
 あまり日の当たらない場所の教会の外壁の際に白いドクダミの花が咲いている。裏口の近くの物置部屋に入り、そこに用意した服に着替えをして、刀は汚れを落とし手入れをしてから薄暗い部屋の奥に隠した。次に斬るために斬れなくなるのは困る。
 教会の広間に出ると私は至って、なんの変哲のない僧侶として振る舞う。ここに祈りに来ている人達は私のしていることは私以外、誰も知らない。目の前にいる私はあなた達の信じているものを狩っているとも知らずに。
 だけど、私はここにいる間はただの人でありたい。
 広間の香が鼻をくすぐり、煙は風に乗って開いた扉へ向かいながら、私の体を巻いていった。

「ビルギット、どこ行ってたの?」

 私の名前を呼んだのは両目の部分に包帯をしている黒髪のショートボブで、体型は痩せ気味で服装は綿性のいかにも病人が着るような寝巻き用のワンピースだった。
 
「お仕事で少しお出かけしてました」

 嘘は言ってはいない。

「今日、やっとあなたの声が聞けたわ。心細くて仕方なかったよ」
 
 曇り空で薄暗く、よく分かりにくかった。昼間過ぎあたりのようだ。今日は時間が過ぎるのを早く感じる。

「私はいつだって、ここにいますよ」
「ほら、すぐ天使に連れて行かれそうな事言ってる」

 エリカという盲目の娘はそう言って、広間のベンチに勢いよく座り込んだ。連れて行かれそうなのはどっちだか。

「仕事って、前言ってた倒れてた人のこと?」
「関連はありますね」
「えー何その曇らせた言い方!」

 この調子でエリカは失明したのにも関わらず彼女は明るく振る舞っている。彼女なりの心配させないための振る舞い方なのだろう。

 「倒れていた方は無事、回復して出発しましたよ」
「それは良かった!」
 
 エリカは静かに笑い、祈るように両手を合わせた。

 あの女に祈るのか。
 
 私は自分の後ろにある顔が蝋で覆われた女神像を見上げた。女神像の足元には祈りに来た人達がお供え物をしたり、焼香をしている。焼香の焼け焦げた臭いがまた鼻をくすぐった。今度は両目を奪われた娘の方に顔を向け、私は盲目の彼女に聞いた。
 
「エリカはもし、自分の信じていたものに裏切られていたことに気づいたら、どうするの?」

 私はゆっくり喋った。エリカの両手と頭を下げた。

 「難しいね。だけど、信じていた事に否定はしたくないかな」

 盲目の娘は私を見上げるように顔を上げた。見上げたのは女神像の方かもしれない。
 
「意地悪ね」

 エリカはそう言い、その声は弱々しく小さかった。
 決めた。狩りの続きをしよう。
 私はまた裏庭の入り口の方に向かって歩きだす。

「ねぇ! ビルギット、どこへ?」

 エリカは置いていかれまいと勢いよくベンチから立ち上がった。私は声をかけられたので立ち止まった。

 「お仕事の続きですよ」
 私はエリカに振り向き、言った。
 「私はいつだって、ここにいます。必ず戻って来ますから」

 香の煙がいつもより色濃く私の体を包み、そのまま教会を後にした。この時、私の前にはエリカが見えなくなった。

#AlaterandSacrifice

008/Altar and Sacrifice


 天使が群れをなしている。

 遠くから見た光景は白い鷺や白鳥やらアヒルやらが湖の畔でトリの群れが休息するために止まっているように見えるが、あれらが魚か虫や水草を食べているのではなく、人を、人の亡骸を啄んでいる。

 この湖は名も知らぬ身寄りのない者を弔う場所として、こうして天使に食べさせている。人の遺体を食べさせる事で亡き者を天に連れていってもらうという考えだそうだ。
 湖の畔の遺体の側には大事に花や線香などのお供え物を置かれているが、天使達は、そんなものはお構い無しに遺体を食い散らかしている。食い散らかした体の欠片が供え物の花の赤い色と似ているからか、赤い薔薇の花びらのようだった。これのどこが天に連れていってもらえると思えるのかが私には到底理解出来ない。

 湖からの様子をざっと見て、トリは二〇匹ぐらいはいる。面倒だな、さてどうするものか。

 私があの生臭坊主に看護された教会から歩いて森を抜け、ここの湖に出た。
 湖の名は弔いの湖という。
 私からすれば弔っているようには見えない。何度でも言う。規模の小さい湖で中央の方に小島が点々と三つある。一つは木や草花が生えている島で、もう二つは岩肌の島、湖の畔は砂浜の陸地に島の向こう側の岸は険しい崖になっている。空は曇りで湖の色はどんよりとした曇の色で水面から今にも霧が発生してもおかしくない景色だ。
 以前、私は白薔薇隊であれらを駆除する仕事をしたが酷かった。現場は食い散らかした遺体の欠片と臭いがまだまだ記憶に新しい。あの生臭坊主のいる教会の近くに集落があり、そこの住民の一人が天使に襲われ、その住民が両目を失明した被害があった。被害を食い止めるために奴らを駆除した。
 駆除の最中に「天使を殺すとは罰当たりな」と信者達が暴徒と化し、部隊の一人が防衛で信者三人を殺めた。一般の人には手を出すなという命令があるが、そのまま殺される訳にはいかなかった。
 殺めた事がきっかけで沈静化したのが何とも言えなかった。私達が命令とはいえ、一般の人に手を出さないと鷹をくくったのだろう。
 それで何を思ったのか、同胞の一人のそいつは、この仕事が終わった後に行方を眩ました。行方を眩ました同胞をヴィクトリア隊長は気にかけていたが気のせいだろう。あの姉にそんな物は持ち合わせていない。

 私は辺り一面を見渡し、また弔いの畔に目を向けた。
 トリは相変わらず遺体を貪り食べている。辺りには食い散らかした肉片が赤い花びらのように散らばっている。私はもう少し、きれいに食べられないのかと思ったが、すぐに頭から追い出した。やはり私はここが好かない。剣を固く握った。

 黄金色になって枯れたガマや葦が水に刺さるように群生している。その黄金色の草の隙間から白い鳥ような物があちらこちらに小さい点を描くように覗いた。
 やはり多い。一人で相手にできるような数ではない。相手にしない方がいい。静かにこの湖から離れる事にした。トリのいる方向とは真逆に迂回をした。来た事があるので道がどこに繋がっているのかはわかる。

 しばらく道なりに行くと白いトリの羽が草むらに散らばっていた。
 運が悪いな。ここもか。
 こいつらの死骸があると、仲間思いなのか、臭いにつられてなのか、すぐ集まる。別の道に行きたいが拠点に戻れる、この湖周辺の道はこの迂回の道しかない。ミザリコードの引き金を指で軽く押し当てながら歩いた。
 散らばった羽を辿ると元の羽の持ち主の死骸があった。白鳥や鷺ぐらいの大きさだ。珍しい事にこの死骸の周りには他の仲間がいなかった。ただ、変わっている事はこの天使の死骸の腹が人為的に刃物で斬り裂いたような裂け方をしている。
 斬り方がきれいだ。手慣れている。
 仲間か他の同業かと考えを巡らせた。こいつの死骸の傷口をさらに観察した。傷口の肉に混ぜ返したような痕跡があった。
 何のために?
 次にトリの目を確認した。目が無い。
 天使には階級があり、目がないものは一番下の階級らしく、一番数が多い。他の生命とこいつらが違うのは腐らない事だ。腐らないものは只者ではない。
 片足でトリの死骸の頭を軽く蹴った。ぴくりとも動かない。
 よし、大丈夫だ。
 もう一度来た道を振り返った。仲間が死んでいるのも知らずに、人の遺体を相変わらずトリは食い散らかしていた。そのトリの死骸を横目に静かに私は通り過ぎた。
 気になる事は、こいつを斬り殺した奴の顔が見たいと思った。気が合いそうだ。
 私はまた剣を固く握った。
 
#AlaterandSacrifice

007/Altar and Sacrifice


 白薔薇隊、それは女王に仕える兵士の部隊。

 この白薔薇隊の兵士達の武装衣は特徴的で、頭には陣笠と鳥を模した鉄の仮面を被り、腰には白い革製の貞操帯をつけている。紋章は薔薇の花。白薔薇なので当たり前か。
 更に特徴的な物が白薔薇隊の剣が刃に薬を満たす作りになっている。獣や人に斬りつけると斬りつけた所から麻痺する。痛みすらもだ。薬の量が多ければ意識を飛ばして眠らせる。
 それがこの剣、慈悲の一撃、ミゼリコードである。
 なぜ、このような作りをしている剣を携えている部隊を作ったのかは、死に間際だけでも楽をさせてやろうという考え方なのだろう。業を背負っている、この土地の考え方が私にはよくわからない。
 そんな部隊を指揮しているのはヴィクトリア隊長である。

 「ジナヴラ、命令だ」

 隊長の冷たい声が二人しかいない部屋を凍らせた。
 ヴィクトリア隊長は銀色の金属製の仮面を被っている。仮面の形は鳥のフクロウを模したような形に繊細な草花の模様を彫った職人の技巧が光る逸品だ。それに紺色のコートに軍服を着ている。仮名の後頭部からは青い長いリボンが垂れている。
 顔は見えない。顔を知る者は私しかいない。だが、仮面の下の表情は何となく、私には想像ができる。

「ジナヴラ、ジェーン・ドゥの心臓を取ってこい」

「姉上……いや……、隊長、それは」

 動揺を隠せなかった。隊長の背後には大きい窓が並び、窓から射し込む光が逆光で隊長を影に包みこんでいる。

「それは……出来ない」

 振り絞って出た言葉がこれだった。
 同胞の、しかも友人の心臓を取って来いと言われ、「はい」と言えるだろうか? いや、無い。どんなに頭がイカれた奴でも躊躇はするはずだ。心があるなら。一度、木造の床を見てから、冷たい仮面を見た。

「出来ない?」

 鉄仮面は私の方に向いている。鉄仮面の手は腰にぶら下げている鞘から剣を抜き出し、丁度、私の胸に指した。

「姉である私の命令は絶対だ」
「出来ない」

 姉はジリジリと私に詰め寄り、私の胸に剣を当てた。私は白い革製の胸当てをつけていなかったので剣の鋭く冷たい硬さが制服の上から伝わった。私は両手で優しく手の平が傷つかないように剣を掴んだ。
 鉄の鳥は日の光を冷たく返す。剣を持つ手は固い。

「友の心臓を奪うぐらいなら、私のにしてくれ」

 剣を掴む手が強くなった。このまま剣を引いたら、手のひらが斬れるぐらいに。
 引き金を引く音が部屋に響いた。このミゼリコードと言う剣は引き金を引くと剣についているシリンダーの中に入っている液剤が刃に伝わせてから使う。逆に引き金を引かない時、相手は苦しむ事になる。
 目の前の鉄の鳥は何も言わず、こちらを見ている。微動だにしない。
 手も。私は目を閉じ、覚悟を決めた。これなら出来ると。
 両手で掴んだ剣から温かい水と冷たい水が伝ったのをこの手に感じ取った。胸に冷たい異物が服と肌を越えて骨肉を鋭くなぞった。

「ジナヴラ、お前は祭壇者だ」

 鉄の鳥が言葉を発した同時に、私は片手で剣の刃を持ちながら、膝をつき、前に倒れ込んだ。前に倒れ込んだおかげで剣がさらに深く刺さる。目の前が霞む。
 倒れた私を鉄の鳥は冷たく見下ろす。差し込んでくる光が淡くも私に刺さる。
 鉄の鳥は私の体から剣を引き抜いた。冷たく硬い鋭い異物が生温くなり、引き抜いた所の感覚が残る。引き抜いた所の隙間が空気に触れて傷口が冷たく残る。

「私達は業によって、生きながらえている」
 
 鉄の鳥はゆっくりと私の元へかがみ、自分が斬り刺した場所に手をつっこんだ。

「っ……!」

 中の物を探すようにかき混ぜられ、湿った音が響いた。

 気持ち悪い。

 声を出したつもりでいたが、聞こえていないのか出せていなかったのか鉄の鳥はお構いなしだった。ミゼリコードの薬のおかげでか、痛みは感じなかった。慈悲とは何なのだろうか。

(姉は最初から私のを取る気でいたのか。いや、私がお願いした事だから当たり前か)
(これなら、どうか、これで……)

 私の体の中に入っている手の動きが止まり、ゆっくりと引き抜いた。私は霞む目を精一杯見開いた。鉄の鳥の真っ赤に染まった手には何も残っていなかった。

「ハァ……ハァ……」
「あ……! あぁ……!」

 喋りたいが声にならない。
 鉄の鳥は立ち上がった。ミゼリコードを赤く染まった右手に持ち、引き金を引く。刃についた血は溶液によって洗い流され、私の開けられた傷口に薬を垂らした。姉である鉄の鳥はまた、私を見下ろしてこう言い放った。

「これがあなたの業の形だよ」

 朦朧としている中、聞き取れた言葉はそれだけだった。私は霞んでいく姉を見た後、目を瞑った。
 
#AlaterandSacrifice

006/Altar and Sacrifice


 剣は光を返す。

 私が介抱されている寝室で待ってくれということで生臭坊主の女が部屋から急いで出ていった。
 あの女がいない内に、このまま何もかも置いて出ていこうかと一瞬考えたが、剣だけはどうしても置いていけなかった。信用ならないが、あの様子だと嘘は言っていないように見えたので怪我人らしく大人しくしていることにした。

 待っている間に窓から外の様子を見た。青々と茂っている木々が目に飛び込む。どうやら森の中のようだ。
 森の木々に目を凝らすと小川が水面を日で光らせている。私が倒れた泉とはさほど遠くないようだ。窓の外の下を見ると人がちらほらいる。
 その人達の格好が白いベールを被り、金の輪がついた数珠を持って、この屋敷、いや教会の入り口へ入っていった。けっこうな数の信者が列をなしていた。
(熱心だな)
 後からドアを開ける音がしたので窓を背にした。
 喪服の、いや、生臭坊主がちゃんとこの手で服と一緒に持ってきた。生臭坊主の顔を見るとやはり無表情で読めない。顔はジェーンに似ているが苦手だ。
「お返しします」
 生臭坊主の女はそっと静かに私の目の前の机に置いた。置いた時の音が重かった。
 私はミザリコードの柄から刃まで優しく撫でた。刃こぼれはないようだ。溶液を入れるシリンダーも壊された形跡はなし。そのかわりにあの忌々しいトリやら、私の血やらがついていない。私の目の前にいるジェーンに似た女がきれいにしてくれたのだろう。
 私はミザリコードを手に持った。金属の塊が軽いなんて事はないが、心なしか、いつもより軽く感じた。
 窓から射し込む日の光を剣は刃で返した。反射した光は目の前の女に射した。

 信用出来るのはこの剣だけだ。

「言ったとおりにしてくれたんだ。ま、介抱してくれたことには感謝する」
 私は片手で持った剣を静かに下ろし、寝台の横にかけた。
「ありがとう」
 喪服の女は目を丸くさせた。ウサギが狩られる前みたいな顔をしている。
「ただ、病んでいる人に盛るのは、勘弁してくれ」
 自分の畳まれた服に手をかける。服も本当にきれいに洗濯してある。広げた時に石鹸と臭い消しの草花の混ざった独特な香りが広がった。
 私が介抱されていた部屋は教会の二階にあるので下に降りた。木造の廊下と階段が色濃くなった木は年月を感じる。建ってからは大分古いのだろう。大事に手入れもされている。
 降りたすぐに教会の中心部となる礼拝堂に出た。礼拝堂の長椅子は規則正しく、縦に二列ずつ幾つも並び、祈りに来た人たちはまばらに座っている。後にした礼拝堂の香炉の煙とお香と共に風が私の背中を押した。
 外に出ると天気は曇りにも関わらず、眩しく感じた。ふと、あの介抱してくれた女の事が気になって教会の大扉の方へ振り向いた。
 
 いなかった。
 
 アレは、見送ることはなかった。
 私は何を考えているのだろう。介抱しといて襲ってきたではないか。最初から、そういう目的だったんだ。だが、不可解なのは私が寝込んでいる時にそういう事をしてこなかったのがどうにも引っかかる。胸に冷たい手が這う感覚を思い出し、思わず胸の部分を強く抑え込んだ。

 ジェーン・ドゥの一部は私の中にある。
 あれは奪おうとしていた。
 渡さない。忘れるな。

 私は教会から立ち去った。最後に遠くから見た信者たちは何も知らずに祈りを捧げている。

#AlaterandSacrifice

005/Altar and Sacrifice


 傷口がしみる痛みで目が覚めた。
 
 見覚えのない白い石造りの天井と壁が見える。簡易だが清潔にした白いシーツの寝台の上に私はいた。光が射しているアーチ状の形をした窓の方を見ると昼のようだ。窓の近くに木製のチェストがあり、さらに部屋の奥の方を見ると蝋燭が灯っている祭壇があった。
 祭壇の女神像の周りには花が備えられている。部屋は広い方だが、壁に沿って置かれた本や何かしらの雑貨が置かれた棚と寝台で空間を圧迫している。
 どれも年期が入っている。この部屋の空間が圧迫している原因は部屋の奥の祭壇が原因のようだ。

 仰向けのまま手を動かして、胸の傷を触ろうとした。木綿で出来たベージュの布の寝間着を着せられていた。服を捲り傷口を触った。
 
「んっ……」
 
 痛みで思わず声が出てしまった。傷口は塞がっていない。誰かに抉られているかを確認した。生々しい感触が手先に残る。 痛みで足をもぞもぞと動かしてしまう。

「傷口を触ると悪化しますよ」

 話しかけられたので声の方を見る。
 
「ジェーン……なのか?」

  ジェーンと似ている容姿。
 だが違う。
 ジェーンは兵士で、目の前にいる彼女は袖の二の腕にガラスの透明なビジューの装飾をほどこされた黒いロングワンピースを着ている。僧侶か。


「傷口を触るぐらいに会いたい人?」
「もう、いないがね」

 私はもう一度、傷口を触った。

 「失礼。口が過ぎました。傷口を抉るのはよしておきます。それと……」

 ジェーン・ドゥに似た僧侶は怪訝そうな顔をしながら、部屋の奥の祭壇を少し見てから、また私の顔を見た。
 
「あなたは、兵士ですのでここに居られるのは傷が癒えるまでです。癒えたら出て行って下さい」
「癒えてなくても出ていくつもりだ。私の持ち物はどこだ?  今すぐに出ていく」
 
 それだったら私を最初から見放せばよかろう。上半身を起こし、部屋のあたりを見回す。自分の剣が見つからない。服もだ。横目で黒い服の女を見た。表情も変えずにいる。無愛想な女だ。
 寝台から降りようとしたら、僧侶は私を勢い良く寝台へ押し返した。私は寝台の上で倒れた。黒い服の女は仰向けの私を上に胸の傷口に耳を下にして頭を乗せた。

「……私が寝ている間にそうすればよかろう。溜まってるのか?  動かないから好きにしろ」
 諦めでため息をついた。

 着替えさせたのなら、この体の傷痕を見ているはずで何も思わないのだろうか。物好きもいるものだ。
 女は寝間着の裾を腹に優しく這わせながら捲った。手先が冷たく、傷痕に優しい。腹がはだけ、乳房に布が差し掛かるところで胸の真ん中あたりの傷口に手が止まった。 手が冷たい。傷口から手を動かさない。

 「どうした?  萎えたか?」
 
 女は頭を傷口から、ゆっくり離れ、私の顔に視線を向けた。

「……兵士さん、あなたの中のは、誰のですか?」
「私の剣を持ってくるか……」
 
 女を右側に勢い良く押し退けて一回、回した後、女の腕を掴んで体の上に素早く股がって乗った。動けないように。
 
「一緒に寝るかのどちらかで教える」
 
 服をひん剥かれたおかげで格好がつかない。喪服の女は表情をひとつたりとも変えない。喪服の女は息を吐き、それから私の目を見た。
 
「持ち物を持ってこい。それからだ」
 
#AlaterandSacrifice

004/Altar and Sacrifice


 祭壇は生け贄を力にする。

 祭壇は器のようなものだ。だが生け贄を生かすのも祭壇である。
 この国の神々がいなくなったのだから、祭壇が生け贄を肉と血にしなければならない。そういう理なのである。この鏡の国では。生け贄は名も知られない者が、祭壇と契りを交わす。

 ジェーン・ドゥは生け贄で。
 私は祭壇で。

 泉の前にして、泉に写る自分を確認をした。これは酷い、返り血だらけだと。
 短く束ねた淡い色の金髪は血で赤褐色の所があり、固まっている。肌も血が伝って通った道ができ、それに病人みたいな青白い肌と目の下の隈と鋭い目付きで赤い瞳が強調される。
 ジェーンからは生まれつきの私の目を石榴石みたいできれいだとよく誉めてくれたなと手元に抱えた彼女の一部を見て思い出した。だが、今の私には自分が化け物に見えた。
 兵士服は一番下にワインレッドのシャツ、シャツの上には白の革製の胸当てに、ダークブラウンの布のズボンに革製のロングブーツに銀の貝殻の形のした膝宛。
 更に特徴的な物は右腕の赤地に白い薔薇の腕章と服と同じ色の外套。腰には、剣や武器やら納める鞘とベルトをつけているが、もうひとつ鍵が外れた白い革と銀色の金属の貞操帯を履いている。白の胸当てとマントはどうしても汚れるが、それ以外は色が全体的に暗く、汚れが目立ちにくいのが幸いした。血で固まって束になった髪の毛を軽く引っ張った。

 陣笠を被ってくれば良かったか。

 禊をするために着けている装備を外し、服を脱いで泉の水で髪を洗った。血生臭さは取れないが不快感がいくらか解消された。続けて体も泉に浸かる。自分の腹には戦いで出来た傷痕がいくつもあり、触ると傷痕の凹みと盛り上がる手のひらでの感触の不快感は消えない。

 私は祭壇。

 腹の傷痕を触り、ジェーンの心臓を手に持ち、眺める。

「ジェーン・ドゥの心臓を取れ。命令だ。彼女は供物者だ」

 ヴィクトリア隊長が私にそう命令をした。本当にこれで良かったのだろうか。いや、これで良かった。仕事だ。

「…………」

 服と一緒に置いてあるミゼリコードが視界に入った。置いてある岸辺に近づき、泉から出ないでそのまま剣を取った。刃は月明かりを反射する。

 いざというときは、同胞に殺してもらえればいいか。

 胸に剣をあてる。生き物や人、天使を幾度も斬ったが自分となると躊躇をしてしまう。

 慣れろ。

 思いきって、胸を縦に斬り裂いた。斬り裂いた胸の中はあるはずの物が無く空洞になっている。自分でもわかる。

「うっ、ぐぅっ……」

 呻きながら、ジェーンの心臓を自分の中にいれるため、胸の穴に心臓ごと手を突っ込み、入れたあとは自分の血で汚れた手と泉が赤く染まった。剣に仕込まれている薬のお陰でか、楽に出来た。

「はぁ……はぁ……!」

 目を瞑り、自分で空けた穴と傷痕を触る。傷口を触ると湿ってくっついた後、空気を含んだ開く音がした。

 痛い。
 
 これでしばらくは天使からの強奪には抵抗しやすくなるだろう。
 急に片膝がよろめいたので、泉から出た。地面に片膝をつき、目を瞑る。

 ……。
 剣の薬が効いてきたか。

 血で汚れた服と剣を抱きかかえたまま、私はその場で横になった。

 もし天使が来たら、寝てでも叩き斬ってやる。
 渡さない。
 
#AlaterandSacrifice

003/Altar and Sacrifice


 ジェーン・ドゥの墓となった襤褸家は雑木林に囲まれている。

 襤褸家の周りには私とジェーンで一緒に花の種を蒔いた白い花畑がある。どこから来たのかわからない野草の黄色や桃色などの花も混じって咲かせている。
 ここの木に止まっている鳥たちは普段、朝になると鳴き声が重なりにぎやかでうるさい。鳥の鳴き声が墓と化した家から出た時、一斉に鳴く。私の体を刺すように、月明かりも私を刺し、私の姿が暗闇から浮き上がる。

 花畑の向こう側にこの領域から出る道がある。私は花を踏みつけながら歩いた。歩いた後の花は茎が折れ、緑の道が出来る。花は意外と丈夫だ。見た目とは裏腹にただ枯れるのを待つだけでなく、生きようとする強さがある。花を踏みつけながら花畑を抜けた。
 花畑を抜け雑木林の道に進む。虫の鳴き声や動物の鳴き声が聞こえず、静かだった。風が木々を通り抜ける音だけがする。
 その時、木から何か大きく羽ばたく音と共に降りる音がした。木から降りてきたのは白い鷺か白鳥のような大きい鳥が私の目の前に通すまいと翼を広げて、「ギェー、ギェー」と汚い鳴き声をあげている。
 一目見るとこの世の鳥ではないと分かる。だが私の見えている世界には存在してしまっている。その証拠にこの鳥には目が三つに翼が四つだ。翼を広げて威嚇のつもりなのか何度も羽ばたくような動きをする。羽も抜け落ちる。

 しまった。天使だ。

 私は慈悲の剣・ミゼリコードを強く握る。剣の刃と柄の間についたシリンダーの中の液体の残量を軽く目視をする。

 大丈夫、まだある。

 銀色の剣の柄の引き金を引く。引き金を引くと刃にしかけてあるシリンダーに入った薬、液剤が降りてくる仕掛けとなっている。もちろん、シリンダーの液剤が空でもそのまま剣として使える。
 刃の管から液剤が降り満たされ、刃に滴る。片手で剣を振り払い、滴を飛ばした。
 天使は私の持っている親友の心臓を狙っている。内密にやってきたつもりだが、どこから嗅ぎ付けて来たのか。天からの使いはお見通しと言わんばかりに立ちはだかる。

 渡すまい。約束をしたのだから。

 天使、いやトリと呼ぶことにしよう。
 トリは破魔の矢を射つ。白い流れ星のような光を一閃射つ。それに当たると勿論、人体は破損するし、最悪打ち所が悪ければ、死ぬ。破魔の矢を人に射って効くかはこの国の人の業に因るものらしい、が私からすれば、そんな事はどうでもいい。
 トリは四枚の翼を広げ、白い長い首を天に向けて伸ばしている。このトリは破魔の矢を射つことが出来る下から、2番目の天使のようだ。
 夜風が木の葉を叩く音を鳴らせている。

 遅い。

 トリの首に目掛けて、ミゼリコードを振るう。流れ星ほどの動きは出来ないが突発的に動いた。
 トリが鳴き声を上げ、翼をはためかせながら首を間一髪のところを避け、変わりに自慢らしい翼と矢を斬り捨てた。破魔の矢は私に当たらず、後ろの花畑の上を通り、雑木林の木に当たった。その衝撃で木の上で眠っていた鳥たちは鳴きながら影を作り飛んでいった。
 天使にも天使なりのプライドがあり、翼を失うぐらいなら潔く首を差し出す話を聞いたことがあるがこいつはそうじゃないようだ。トリは翼があった所をもごもごと芋虫みたいに動かしては、赤い花びらを撒き散らしている。動転しているようだ。
 二回目、首を目掛けて剣を横に切り払う。
 トリはまた光る矢を射とうとしたが私が先に首をはねた。頭と体は二つに別れ、切り口からは赤い花びらをどくどくと脈打ちながら撒き散らしている。

 念には念を。

 鳥の躯、先ずは頭を刺した。次にはご自慢の翼、残り三枚を切り離す。脚を切り離し、腹を切り裂く。
 腹の中から、トリと一体化した人の手らしき物が出てきた。これを何を意味するかは私には関係ない。
 トリの眼を確認した。
 
 眠っている。よし。

 片腕の中の赤く染まったガーゼの中を確認し、親友の心臓がまだ、ここにある事に安心した。浴びた赤は相変わらず乾かずに体温をかすかに奪う。冷たさと寒さが心地いい。

 白い羽と赤い花畑を踏みつけて歩き出す。
 振り返らない。花は強いのだから。
 
#AlaterandSacrifice