No.27, No.26, No.25, No.24, No.23, No.22, No.21, No.20, No.19, No.18, No.17, No.16, No.15

サイト移転と改装をしました。
完結済みのGLファンタジー小説だけは移しました。
イラストや漫画はもう少し時間がかかりそうですのでしばらくお待ちください。よろしくお願いします。
このてがろぐスキンはpipiさんのBoothで有料で配布されている物を購入しました。
とても使いやすくて助かっています。

020/Altar and Sacrifice


 祝詞。
 
 弔いの湖付近の教会は今日も香を焚き、祭壇に花や香をそえ、何なら他の人が持ってきた採れたての野菜や果物を供えたりと祭壇はにぎやかだ。外は快晴で陽の光がステンドグラスからよく射し込んでいる。 私も供え物をしに、この生臭僧侶、元白薔薇隊の兵士のいるこの教会にやってきた。
 持ってきたのは、はちみつの甘いお酒に、白い百合の花と白い薔薇に、剣を。これを供えに来た。
 さて、あいつはいるかと探したら、すぐに見つかった。祭壇の前で礼拝しに来た人達を誘導し案内をしている。黒い僧侶服はいつもなのか、はたまたそれしかないのか。毎日、顔が蝋に覆われて顔を見せない無愛想な女神像の祭壇の前に案内しているのが、何となく皮肉に思えてくる。私は祭壇へ足早と歩いた。
 剣を持っているせいか、仰々しく見られ、他の人達の視線を集めているのが私に他の人達の視線が刺さる。あの僧侶もこちらの姿を見た時には釘付けになり固まっていた。
 無理もない。動揺はするだろう。私、ジナヴラは銀色のフクロウの仮面を着けて、ここにやって来た。 私は祭壇に着き、剣を先に供え、つぎに白い百合と白い薔薇を供え、最後は甘い蜂蜜のお酒だ。
 瓶からあけないと女神も飲めないだろう。いや、顔が蝋で覆われているから元より飲めないか。
 私は元白薔薇隊ビルギットと言う僧侶に話をかけた。ビルギットの表情が険しくなっている。
「お酒を供えたいのだが、器か杯はあるかな?」
 私は要望を言いながら、辺りを見渡した。
「こちらになります」
「どうも」
 ビルギットは私に真鍮の杯を渡し、私は祭壇に置いて、杯に甘い蜂蜜のお酒を注ぎながら祝詞を呟く。
「女神の涙に見立てた神酒を杯に満たしては祭壇に」
「泣き止まぬ女神の首を斬った花の女神の代わりとなる薔薇と百合を祭壇に飾る」
「飢えた愛しい人逹へ甘い眼を与えすぎた女神の眼球を真珠に見立て飾る」
 杯は甘い蜂蜜のお酒で満たされた。私は祝詞を続けた。
「愛は目には見えないので生け贄の心臓を祭壇に捧げる」
 私は祝詞を淡々と呟き終わり、そして銀のフクロウの仮面を外す。
「調子はどう?」
 私は何気なしに訪ねた。
「あなたこそ」
 ビルギットはどこか嬉しそうな上ずった声を出した。が、私の慣れ親しんだいつもの彼女に戻った。
「心がなくて良かった、と言ってたじゃないですか」
 いつものビルギットが私の目の前にいた。
「心がなくても、人でありたいから掟を守るものだ」
 私は仮面をつけ、祭壇から背を向けて歩く。
 白薔薇隊の掟、人死を弔う事。
 私はどうもこの祝詞が好きじゃないようだ。教会の窓から入ってきた風が強く私の背中を押した。

#AlaterandSacrifice

019/Altar and Sacrifice


 ジェーンの心臓。

「ジナヴラ!」
「ジナヴラ!」
 声が聞こえる。このキツそうで澄んだ声が私に呼びかける。
 しまった。また目を瞑ってしまった。この声はビルギットか。
 私はビルギットに肩を背中を揺さぶられている。私はあの時、ビルギットにやられた事を思い出し、咄嗟に 立ち上がった。ビルギットはその勢いで突き飛ばされた。立ち上がる前の私はなぜか、胎児の座りをしていた。
「お前に介抱されるのは……信用ならないよ」
 勢いよく急に立ったおかげで頭がくらついた。くらつきながらも状況判断のため、辺りを見回した。見るところに私が天使を滅したらしい。
 エリカを。セージを。
 証拠に斬った心臓が私の手元にあった、というより抱いていた。エリカの心臓を真っ二つに切られた心臓を持っている。さらに自分の足元を辿って見ていくと、私を中心に大きな花びらが6枚、樹の天使は六方向に割けて床に広がっている。そして、私の爪先から真っ直ぐ丁度の花びらの先にエリカとは別の心臓が落ちていた。
 しかもそれは心臓にいくつもの穴が空いていて、一部翼に変形した物だった。
 私は黙って、エリカとぼろぼろの心臓を二つ、ビルギットに渡した。二つの心臓を渡されたビルギットはスカートの裾で大事に包んで持った。
 そう言えば姉は? ヴィクトリアは?
 さらに急いで見回した。見回して振り向くと銀のフクロウが大広間の入口の前で立っていた。姉のヴィクトリアだ。
 ヴィクトリアの周囲には天使の羽が散らばっていた。姉の足元にはセージの上半身が打ち捨てられていた。エリカの体は見当たらなかった。何故かセージだけ、体が残っていた。
「ビルギット、私は姉に用がある。邪魔はしないでくれ」
 私は冷たく言った。
 ビルギットは大人しく引き下がった。私はエリカとセージだった花の樹から出ていく。
 姉に用がある。顔面の片方を殴りたいぐらいに。私はミゼリコードを構え直した。
「姉貴、最後に用がある」
 私は声を張り上げ、剣で銀のフクロウであり白薔薇隊隊長でもあり、姉ヴィクトリアに指す。私は続けた。口を挟まれまいと。
「ジェーンの心臓をかけて、私ジナヴラはヴィクトリアに決闘を申し込む」
 私はヴィクトリアの胸に剣で指した。
 そうだ。取り返しに来た。
 ヴィクトリアは腕組みをずっとしていたが腕組みをやめ、足元にあったセージの遺体を抱きかかえ、邪魔にならないように壁際に横たわらせて置いた。また元の位置までに歩いて戻り、ミゼリコードを構えた。
「受けて立とう」
 ヴィクトリアは一歩ずつ、ゆっくり歩き、私もヴィクトリアに向かって一歩ずつゆっくり歩く。
 同胞の遺体に囲まれた大広間は明け方の空になって、白んでいく。月は下がり、日が見え始めた。風が決闘の合図と言わんばかりに強く吹き、羽と血の花びらが舞い上がる。
 私とヴィクトリアは、その時同時に走り出し、剣を構え振り上げる。剣と剣がぶつかり合う。刃の擦れる音が鳴り響いて、お互いの目を睨む。ヴィクトリアが剣を力強く私の剣を押し弾いて、間合いを取った。私も下がり間合いを取る。
 姉は銀のフクロウの仮面を外して床に捨て置いた。金属の仮面の落ちてぶつかる音が鳴り響く。
「来なさい。妹よ」
 ヴィクトリアはそう言って、剣を私の方に向けて指すような形で構える。
 声色は冷たく無意識で、顔は本当に久しぶりに見る。前はぼやけて見えなかったが今ははっきり見える。私と同じ少し寒色の入った金髪に前髪は右側にかき上げ流し、後ろ髪は紺色のリボンで上にまとめている。輪郭は痩せ気味で頬が痩け、目は猛禽類のように鋭く、眉は細い。
 昔、見た姉の素顔だ。
 こちらも動かず、ヴィクトリアも仮面を外しただけで動かない。私はミザリコードをまた構え直し、剣の引き金を引き、剣の刃を慈悲の雫で潤した。シリンダーの中の液剤は空になった。
 その瞬間、ヴィクトリアが風のように飛び出し私の胸目掛けて、ミゼリコードで刺そうとした。
 私はヴィクトリアの剣を自分の剣で受け止めて、力いっぱい弾き返し、怯んだ隙に姉の左の腹を横撫に斬り、ヴィクトリアから私は過ぎた。ヴィクトリアのミゼリコードは彼方に飛んで地に刺さった。
 沈黙が続く。私は振り返った。
 姉は倒れていなかったが、左の腹に血が滲み、傷口を押さえている。銀の左手と左脚は血で染まり、赤い独特の光を放っていた。
「この体の不自由さよ」
 ヴィクトリアはこちらを見つめ微笑み、自身の胸の傷に手を押し込んだ。
 さすがに内部までまだ薬が行き届いていないのか、苦しそうな声を出している。
 私はただ見ていることしか出来ない。
「ジナヴラ、返そう。このジェーン・ドゥの心臓を」
 そう言い、唸り声を上げ、自分でジェーン・ドゥの心臓を、胸の傷から取り上げ倒れた。胸の穴からは大量の血が流れ出ている。姉の手には力なく、ジェーン・ドゥの心臓が手の平に乗っている。
 私はジェーンの心臓と姉のフクロウの仮面を拾い上げた。
 取り返せられた。もういい。もう、これでいい。
 ジェーンはもう帰って来ない。
 私はビルギットにジェーンの心臓を渡した。
 決闘ごっこを終始見られて恥ずかしくなったが、もう私に必要無くなった。だからビルギットに返す事にした。ビルギットは驚いた顔で見つめ見上げている。
「姉妹、なんだろう? じゃあ、これはビルギットに必要な物だ」
 大広間の出口の方を見ながら私は言った。次に。
「私に心が無くて良かったよ」
 捨て台詞を吐き、砦の大扉から射す光の中へ歩み、消えていく。
 砦から出た時に風が強く吹き、赤い花びらがどこからともなく散って吹き上がり、あの教会で焚く香の香りも贈られるように香った。

#AlaterandSacrifice

018/Altar and Sacrifice


 羽衣に包まれ、心の臓は高鳴る。剣は鋭く。
 
 本当に格好がつかない。護衛してやるとか言っといて、このザマだ。
 大広間一辺、セージがエリカに接触した瞬間、強い光が発した。眩しさのあまり一瞬目を瞑ったが腕で光を遮りながら、目を細めて様子を見た。しっかりと。
 セージとエリカが光っている間に起きたことがあった。
 銀のフクロウがセージをミゼリコードで胸部を刺していた。刺した時にセージとエリカから発した光は消えたのだ。その時に。だが、銀のフクロウが刺したセージとエリカの姿は変わり果てていた。刺したのはもうセージではなくなった物だった。
 セージとエリカがくっつき、上半身から下は混ざり、樹のようになっている。体中、羽毛や翼がいくつも生え、二人の脚だったものは鳥の足の独特な肌でさらにいくつも重なって生え、長年生きてきた樹のようになって太く固まっている。この世の物とは思えなかった。 そのくらい、変形が激しかった。
 ただ、セージとエリカの顔だけは安らかに眠っている顔と上半身が残っている。
 それを銀のフクロウがセージの上半身だけを自らの剣で刺していた。 銀のフクロウ、ヴィクトリアは血の花びらを浴びている。
「セージ、私は甘かった」
 仮面の下のくぐもった声はどこか冷たくも優しかった。
 私は押さえていたビルギットの方を見ると、彼女は祈るようにひたすら「エリカ」と呟き続けている。
 私はフクロウの仮面を被っているヴィクトリアに声をかけ叫んだ。
「姉貴! どういう事だ!!」
 私は声を荒げた。 今にも姉の顔面の片方を殴りたいのを我慢している。
「ジナヴラ、お前はここにいるべきでない!」
「ビルギット、お前もだ!」
 姉は冷たく返してきた。
「答えになっていない!! 何だよ! これは!!」
 私は剣でヴィクトリアの手前にある物を指した。
「こいつか? 目をくり抜かれた供物者の末路だ」
 ヴィクトリアはビルギットの方から私の方まで視線を移す。そしてセージとエリカの天使の樹に視線を向けた。
 ヴィクトリアはまた繰り返す。
「私が甘かった」
「私がセージとエリカを処する」
「ジナヴラ、ビルギット、お前達は退け」
 仮面の下の声は震えてはいなかった。
 私にも姉のヴィクトリアに用がある。退くわけにはいけない。この状況下は酷だが丁度いい時に目の前にいる。言うことはもう聞かない。
 
 返せ。ジェーンの心臓を!
 
 私はビルギットを押さえつけるのを止め、立ち上がり剣を強く握った。その時、剣についているシリンダーの中の液剤の残量を確認した。未だ少しだけ残っている。ニ、三回斬りつけたら終わりだろう。だとしたら後ニ本。
「退けだと?」
「私は先程ビルギットとエリカを護衛してやると言った。そしたらこうだ。格好がつかなかった」
「それで退いたら、もっと格好がつかなくなるじゃないか。ヴィクトリア姉様よ」
 皮肉混じりにこう呼んでやった。
「一生、格好がつかなくなるのならな」
 フクロウの仮面は呟いた。
 一方、ビルギットは相変わらず「エリカ」と繰り返し呟いていたので、私はうんざりして、ビルギットの片方の右の頬を殴った。鈍い音がし、ビルギットは同胞の遺体の山の方へ飛んだ。ビルギットは右の頬を抑えながら立ち上がった。そして刀を持ち、こちらをあの時の鋭い目で睨みつけてきた。
 だが、その目には涙を溜めていた。
 ヴィクトリアの方を見ると後方に姿が変わり果てたエリカとセージの天使の樹から距離を取っていた。私がビルギットに殴っている間にいつの間にか樹が大きく広がっていた。
 私とビルギットが少しの間の見ないうちに樹は成長し、広がっていく。広がり方が早いので遠くへ距離を取った。
 エリカとセージの安らかな顔はそのままに樹の部分がどんどん大きくなっていく。枝には翼と羽がいくつも着き生い茂り。その枝の先には花の蕾がついた。色は白っぽく、薄い肉色をしていて、春先に咲く木の花を連想させる。
 私とビルギットは慎重に観察を続けた。翼の枝の蕾を見ると開花した。花が咲いた。開花した花の形は百合の花のようだ。開花したその時、花から青白い光を発し、矢の形状になった。
「破魔の矢だ!」
 私は見て焦り叫んだ。
 一番初めの開花の破魔の矢は私とビルギットを狙って放ってきた。私は左側へ、ビルギットは右側に間一髪で回避した。ビルギットの黒服の袖が少し焦げた後を残した。破魔の矢はセージが眠っていた月明かりの瓦礫の山に当たり、焦げた跡と砂埃を残した。
 エリカとセージの樹は蕾と花を次から次へとつけ、破魔の矢を放つ。
 私とビルギットとヴィクトリアは回避するため、走る。
 こんな物がこのままにしていれば、私達どころか、他の人達にも被害が及ぶ。この忌々しい天使の樹が成長し続けるのなら、この地域に危険が及ぶ。私の勘がそう叫んでいる。
 私とビルギットは一緒に時計周りに走り、私は剣をビルギットは刀を、構え、いつでも破魔の矢をかわすために。
 頭上から羽と赤い花びらが降ってきた。上を見るとヴィクトリアが天使の樹の上に登っていた。登った位置が丁度セージの近くの枝にいた。そこの枝についてる花と翼が無くなっていた。
 ヴィクトリアはセージ目掛けて、枝の上を駆け寄りセージを上半身ごと斬った。切り口からは赤い花びらと透明な水が流れ出た。ヴィクトリアは斬ったセージの上半身を片手で持ち、さらにセージの胸に切り裂き、手を突っ込んだ。丁度、心臓当たりに。
「セージの心臓が無い!」
 ヴィクトリアが叫んだ。
 叫んだ瞬間、他の花が開花し、破魔の矢がヴィクトリア目掛けて放たれた。ヴィクトリアは破魔の矢を回避するために花がついている枝に飛び乗り、花と翼を剣で刈った。白い花びらと羽が散る。刈った花はヴィクトリアに目掛けて破魔の矢を放った花だった。ヴィクトリアはまた花を刈り始めた。
「心臓は!? セージの心臓はどこだ!?」
 ヴィクトリアは叫ぶ。
 ヴィクトリアが叫んでる合間にいつの間にかビルギットも天使の樹の上にいた。丁度エリカの近くの枝に飛び乗っていた。
 だが、ヴィクトリアとは違い、目に涙を溜め刀が震えていたことだった。戸惑いがある。ビルギットはエリカだった物の胸を縦に斬った。ビルギットが意を決した所に供物者であるエリカの心臓を取ろうとした瞬間、ビルギットの後ろの枝に突如蕾がつき、花は開花した途端、青白い光を発した。 ビルギットはそれに気がついていない。
 私は体が咄嗟に動き、ビルギットの後ろの花の方へ飛び乗り、ビルギットを樹から突き落とした。ビルギットは背中から落ちた。
 私は枝が垂れるのを利用し下に避けた。そして、私はエリカの元に行き、ビルギットがつけたエリカの胸の傷に手を突っ込んだ。私は片手でシリンダーを回し、ミゼリコードの刃を慈悲の雫で潤した。残り一本。
 片手でエリカの心臓を探る。生々しい感触が未だ慣れない。

 何処だ? 何処にある?

 片手で探っているうちに、私はエリカだった物の体の内部から片手に強く引っ張られたので抵抗した。力強く。それも虚しく、私はエリカの中に引きずられていってしまった。
「ジナヴラ!!」
  二人の叫び声が聞こえた。が、もう遅い。
 言ったとおりに退く事は出来ない。もう終わりだと。天使の樹の中に私は完全に飲み込まれてしまった。
 エリカの体を切る前に少しだけ顔を見たが本当に安らかな顔だった。直に私もそうなるのだとしたら、らしくない。退けぬのなら、前に進むしかない。

 何処だ? エリカの心臓はどこにある?
 叩き斬ってやるから待ってろ!
 
 私は今の状況に腹を立てていた。
 天使の樹の中は水のようなもので満たされていて、内側は肉が植物の繊維質のように縦に並んでいて、さらに中心にはいくつ物の管が無数に並んでいた。おそらく枝や翼や花に繋がるものだろう。
 私はエリカとセージの心臓を探すために目の前にある幾つものの管を剣で斬って進んで泳いだ。斬った管からは泡が出てきていて、視界の邪魔になっている。だが、斬らないと前に進めない。
(眠くなってきた。目が霞んでくる!)
 急がねばならないと必死に手探りで探し斬って行く。
 私はこの天使の樹の中の水は、このミゼリコードの慈悲の雫と同じ効果のある水だと判断した。
 急がねば息が続かなくなるか、眠るかのどっちかでしか無い。こんな目に合ってたまるかと。
(何処だ!)
 私は無我夢中に剣を持っていない方の手で探す。すると、管とは違う感触の物に触れた。
 私は触れた物にミゼリコードで突き刺した。
 その時、白い光に包まれ、私は眩しさのあまりに目を瞑ってしまった。まだ目を瞑る訳にはいけない。目を細め、腕で光を遮り見る。
 その時見たものは自分がミゼリコードで突き刺したエリカの心臓と目の前にジェーンがいた。
 ジェーンは微笑みながら、光と共に飲み込まれて泡のように消えていった。この水が見せる幻覚なのかはわかっている。
 私はそのまま光に包まれながら、瞼を閉じてしまった。

#AlaterandSacrifice

017/Altar and Sacrifice


 供物来たり、天使となり。
 
「ビルギット!」
 盲目の少女が名を叫ぶ。ビルギットと。
 砦が崩落した瓦礫の中を歩いてきたのは確かだ。とても危険な場所と不釣り合いに少女がいる。盲目の。少女の両目は傷跡があり、閉じている。
 風がまた吹き叫ぶ。少女の声と共に。 ビルギットの方を見ると目を見開き、少女の方を見ている。また、彼女の刀を持っている手は強く、強く握っている。
 手の震えを抑えるために。彼女は盲目の少女に叫ぶ。
「来るな!」
 ビルギットは叫んだ後、しまったと言わんばかりに手を口に当てた。
「どうして来ちゃ駄目なの? ビルギット? どうして!?」
 少女は遠くから質問をしてくる。
 私から見て、この盲目の少女は大事にされて来たのだろう。それがわかると同時に羨ましさを覚えてしまった。
 盲目の少女はビルギットの言うことを聞かず、こちらに向かって走って来た。よく見ると裸足で包帯を両足に巻いていた。裸足は傷だらけだった。 
「エリカ、来ちゃ駄目って……」
 ビルギットは力なく言う。 
 どういう関係だ? これは。
 少女がこんなところにいては危険だ。いるべき場所じゃない。 しかし、不自然だ。
 盲目の少女はビルギットの元へ辿り着いてしまった。声を頼りにしたのだろう。私は少女に話かけた。 
「ガキ、何でここにいる? ここは危険だ」
 私は冷たく言った。
「ガキって名前じゃないわ! エリカよ!」
 少女は私に名前の訂正をまくしあげてきた。
 私は事情がわからなかったのでエリカと言う少女に質問をする。 
「わかった。それはすまない。君はエリカと言ったね。君はビルギットとは何を……」
 少女はまた私の話を遮る。
「ビルギットが帰って来るって言ってて、遅かったから。だから、私、ビルギットの後を追いかけたの。こっそり」
「大人の言う事は大人しく聞くもんだよ」
 私はエリカと言う子供に冷たく言った。だからといって、それは駄目だ。ビルギットの言うことは聞け。私は横目でビルギットを見た。
 まだ涙ぐんでいた。だが、ビルギットは黒い長手袋でまた目を擦った後は、するどく険しい目つきに戻った。 
「大人しくしろと言ったでしょう。エリカ」
 ドスの効いた声色だ。 
 ビルギットのドスの効いた声色を、エリカは初めて聞いたような反応で縮こまった。これからお仕置きをされるのをわかっている子供のように。だが、予想は反した。
 ビルギットはエリカにさらに近づき、優しく抱きしめ、盲目の少女に囁いた。 
「私は今、刀を持っている。見ての通り、僧侶には相応しくない物を持っている……」
 ビルギットは囁く。 
「だから、わかったでしょう? 私はあなたの好きな私はいない。もう、いない」
 囁く。
「私の事は忘れなさい」
 ビルギットは囁いた。
 ビルギットの囁きにエリカは黙ったままだった。
 理解をしているのか? いや、している。
 少女は覚悟を決めて、目は見えずとも足を痛めながら、ここまで追いかけて来たのだろう。
 僧侶と偽った兵士、元白薔薇隊のビルギットを。
 私は話が長くなれば危険だと思い、話を遮った。子供まで巻き込むのは後味が悪い。 
「話はこれで終わりか?」
「ビルギット、この少女を連れて安全な場所まで行って来い」
「そして、二度と戻って来るな」
 ビルギットは驚いた顔でこちらを見つめ、こう言った。
「そしたら、あなたジナヴラ、一人だけになってしまう!」
「この砦までは護衛してやる。勘違いはするな。あの時、お前がやった事は根に持っている事を」
 私はビルギットに剣を向けた。
 さらに私は続ける。
「私は姉に用がある」 
 私は夜空を確認した。吹きさらしとなった上空には天使らしき物はないかと確認したが見当たらず、耳を澄まして、羽音や鳴き声を聞こうとした。聞こえなかった。 
 これは今のうちにだ。今のうちに。 
 足場が悪くなっているため、怪我人を二人を気を使いながら、一階の大広間まで目指した。他の道はないのかと見回したがどこも崩落していて危険なので元来た道から戻るしか無かった。
 私は思った。エリカという少女はこの大広間を通ったわけだよな? と。
 同胞と天使の死骸が積み重なっている大広間を。目は見えずとも何か感じたはずだ。死臭は気にならなかったのだろうか?
 ただ、どちらにしろ、盲目にならなければ行けぬ道なのは確かだ。
 ビルギットの方を見るとエリカに気にかけて抱いて移動している。まるで過保護な母親のようだった。
 瓦礫を踏み歩き、つまづきそうになりながらも何とか一階の大広間まで着いた。ここの入口前には本来、絵や花などが飾られていたが今は見る跡影もなく、焦げた跡と破壊された花瓶の欠片が辺りに散乱している。私は花瓶の欠片を踏み割った。
 私は後方にいる二人に声をかけた。
「いいか、砦から出たら二度と戻って来るな」 
 私はミザリコードを構え直す。
 後方二人からの返事は聞こえない。
「合意と見なすぞ。返事がないのはなら」
 私の後ろを確認するため、二人の方に振り向いた。二人共は理解したような顔をしていた。
 さらにビルギットとエリカの後方を確認したが何も無かった。

 奴らはいない。急がねば。走れ!
 
 私は先陣を斬って走る。私は走りながらビルギットに走れ! と叫ぶ。

 「走れ! 走れ! 走れぇぇぇっ!!!」

 二人に聞こえるように大声で叫び、天使が飛んでやって来ても私が相手に出来るように声を上げ叫んで走る。
 ここは天使の死骸を片付ける余裕は無い。天使は自分達の仲間の死骸によく集まる。これだけの大群の死骸が同胞の遺体と積み重なっては混じっているのだ。となれば二人は危険だ。
 私は二人を助けたい訳じゃない。ただ邪魔をされたくなくて、こういう事をしている。姉のヴィクトリアの事だけは邪魔されたくない。
 息が上がって来た。二人を少し確認した。ビルギットも息が上がり苦しそうにしているが走っている。エリカは離れまいとビルギットに強くしがみついている。
 いいぞ、このままだと思いきや、上空からあの鳴き声が聞こえた。思わず私は舌打ちをし、剣を構え直す。
 
 来い。

 私は立ち止まった。二人に走れ! とまた叫んだ。
 天使達はゆっくりと吹き曝しになった穴から輪を描いて降りてくる。 ビルギットは振り向かずに走り、私を越した。
 私は剣の引き金を引き、刃に慈悲の雫の液剤を潤し、剣を空に斬った。雫が降りてくる天使に向かって飛び散り舞う。その雫が地に近くて、私と距離が一番近くの天使に当たった。天使の体には慈悲の雫が当たった箇所は左の翼に当たり、煙を立て穴が空いた。そして飛べなくなった所を剣で斬りつける。
 天使は鳴き声を上げながら翼と体をくねらせ、バタつかせながら、しばらくして動かなくなった。この慈悲の雫を飛ばす手法は液剤の消費が激しいため、今のこの状況下だとあまり使いたくない。が、仕方ない。
 私が飛ばした雫は他の天使にも当たり、落ちてもだえて翼をバタつかせている。ザッと見て一六匹中、四匹は地に近いのは落ちた。他の十数匹はまだ遠くの空を飛んでいる。様子を見ているのだろう。面倒な所だ。
 私は二人の安否を確認しようとした、その時に悲鳴が聞こえた。

 やられたか!?

 私は咄嗟に振り返り、二人の方を見た。
 
 ビルギットが何故か、鳥の、天使の翼を抱いていた。
 六枚程か。そして、さらにビルギットの前には亡くなったはずのセージが目を瞑ったまま立ちはだかっている。私はセージを見たとき、混乱した。

 セージは亡くなったはずだ。
 ビルギットは何故トリを?
 トリ……? トリだと?

 その時、セージの声で囁くのを聞こえた。先ほど亡くなったはずだ。どういう事だ。
 「供物来たり」
 亡くなったはずのセージは囁く。
 私はそれを聞いて、我に返りビルギットに叫んだ。 
「おい! 何をしている! 立ち止まるな! 走れ!」
 叫んだ。喉が潰れそうなぐらいに大きな声で私はビルギットに叫んだ。
 ヤバい事になるぞ。
「エリカ!! 嫌よ!! そんな!!」
 ビルギットが金切り声を上げている。立ち止まったまま翼を抱いている。もうエリカじゃなくなってしまった。
 翼が生えているエリカだったものを強く抱きしめている。
 埒が明かない。
 私はビルギットの方に向かって走る。護衛をすると言ったのは私だ。出来ていないじゃないか。あの少女を守れなかった。
 まさか、私が知らない少女の事を心配するとは思わなかった。全力で走った。全力で走りビルギットの元へ。私はわかってはいたが目を疑った。
 エリカの眼から、翼が片方に三枚ずつ、盲目から生えていたのだ。背中ではなく。エリカの眼孔に。
 初めて見るものだった。
 私はそれを見たとき、体が勝手に動いた。翼が生えたエリカからビルギットが離させるために、ミゼリコードを構え、引き金を引いては液剤を刃に潤し、エリカの翼に剣で勢いよく切り落とした。ビルギットは私が斬り掛かってきたのを咄嗟にかわした。私がエリカだったものをビルギットから引き離して捨てた。ビルギットの方は私が引き離した時に勢いよく、倒れた後起きて膝立ちになって、呆然と私が捨てたエリカを見ている。
 私はエリカだったものの眼から翼を切り落としたが、見るうちにまた翼が生えてきた。今度生えてきたのは元の翼に木の枝のようにあちらこちらに翼が生えたような奇形のもので、おぞましかった。
 エリカだったものは、翼が生え伸びて来たままだが、体は横たわって動かないままだった。

 何て事だ。

 私は注意を払いながら、剣のシリンダーの薬の量を確認をしたら、殻になっていたので、引き金を引き空のシリンダーを外し交換をした。剣に装着する音と空のシリンダーが地面に叩き捨てられる冷たい音が響く。シリンダーの数は剣についていた一本と集めて回収した物が二本、一本空になった。残り二本、持つだろうか。いや、その前にやりきってやる。
 私は亡くなったセージの方に注目した。エリカだったものに近づく。 私が推測の範囲内でわかるのがエリカは供物者だって事だ。わからないのはセージだ。セージが供物者だって事は聞いたことが無い。隠していたのか?
 だがエリカとは何かが違うのだけはわかる。
 ビルギットが突然叫びだした。私はビルギットの方に注目をした。
「エリカ!! エリカ!! やめて!! 行かせないで!!!」
 ビルギットは目を鋭くさせ刀を構え、セージに立ち向かおうとしている。 あの様子を見て、いてもいられなくなった様子だ。
 私はわざとビルギットに剣の柄で背中を叩き倒して、抑えた。私に抑えつけながらもビルギットは力付くで藻掻いている。
 「目を覚ませ! 盲目になるな!」
 私はビルギットに言った。 ここは普通、落ち着けと言うだろう。
 セージがエリカだったものに近づき、屈み込んでエリカだったものを拾い上げ抱いて、こう囁いた。

「供物来たり、天使となり」

 同胞達の血の花びらと天使の羽が風で飛ばされ舞い上がる。その時、吹きさらしになった穴から射す、月明かりが眩しく見えた。
 格好がつかないじゃないか。畜生。

#AlaterandSacrifice

016/Altar and Sacrifice


 兵士と僧侶。

 私は新たな生存者にあった。
 堂々と二本足で立って、ゆっくりとおしとやかに歩いている。黒い服に袖のふくらはぎには白く透明なビジューが幾つもついているのが特徴の僧侶服に、ジェーンの顔にそっくりな女が。
 ビルギットだ。
 あの時、天使の群れに襲われている所を見放したが、生きていた。やはり、やり手の女だ。
 ビルギットは私の事を強く睨んだ。言うまでも無い。
「元気かい?」
 私は皮肉を言った。
「喪に服する程度ですかね」
 ビルギットも皮肉で返す。睨みながら。
「喪に服する時間なんざ無いさ」
  お互い、唇を片方上げ笑う。
 私は歯を覗かせ、ビルギットは手に持っている刀の刃を月明かりで反射させ、煌めかせる。
 私も握っている剣を月明かりで反射させて煌めかせた。
 大広間を抜け、上の階の様子を見に行こうとしたら、また出会ってしまった。上の階に続く階段も廊下も壁も天井も天使の手によって破壊され、崩落し、危険な場所になってしまっている。
 石造りの廊下の床にはヒビが入り、残って欠けた壁や天井には破魔の矢の焦げた跡と天使の死骸が窓ガラスや壁にくっついた虫の死骸のようにこびり着いている。
「ここにいる、ということは見ただろ?」
 私は刀に目を向けてから、ビルギットの顔を見た。鬼の形相をしている。
「お前の求めているものは無いよ」
 ため息をつき、ビルギットに告げた。
「何ですって……!!」
 目を大きく開けた。
「そのままの意味だよ」
 私はまたため息をついた。
「ジェーンの心臓は無い」
 前髪をかき上げ、溜め息をまたついた。
 ビルギットは両手を震わせ、歯をカチカチと何度か鳴らす。既にある強い復讐心に飲み込まれそうになっているのを抑えているようだ。
「僧侶らしくないな。落ち着けよ」
 私は無意識に眉間に皺を寄せていた事に気づき、緩めた。
「白薔薇隊、隊長のヴィクトリアに渡したよ」
 場の空気は凍りついた。その時、風が強く吹き、風が私の肌に突き刺さるかのような感覚がした。さらに私は言った。
「だから、私の胸の中にはもう無い」
 私はまた前髪をかき上げた。風で髪が纏わりつく。
 ビルギットの方を見ると上の空のようになり、空を見上げては私の方を見る。そして呟いた。
「ヴィクトリア隊長が……? どうして……?」
 目を白黒にし、復讐の僧侶は狼狽えた。
 “隊長”とビルギットが言っていたので点と点が繋がり、線となった。
「ヴィクトリア隊長はそんな事をしないはずでしょう」
「何を言っているの……ジナヴラ……」
 ビルギットは空笑いをした。
 私はその様子を見て、静かに革鎧を外した。私は足を一歩ずつ出しながら、シャツのボタンを外していく。白いマントの前がけを片手の腕で首の方までおさえ、胸が見えるようにした。
 剣を置いて。争う気は無いからだ。
「証拠は、あの時みたいに確認出来るぞ」
 私はシャツをはだけさせ言った。胸の生々しい傷跡を見せつけた。
 ビルギットは私の傷跡を見て、よろめきながら歩き、私に近づいていった。ゆっくり左手をかざしながら、刀を握っている手は、力なく引きずっている。刀が引きずった跡は石と砂と埃の上に描いて行った。
 ビルギットが私の目の前にまで近づき、そして、左手を私の胸の傷を触ろうとしたが止めた。かわりに私の右肩をつかみ、項垂ながら言った。 
「……ジェーンを……ジェーンを……返して」
 小さく彼女は呟いた。 
 ビルギットの足元を見ると小さい水の跡が二つ出来ていた。瓦礫の岩や砂の上に。またビルギットのうつむいた顔から二滴の雫が滴り落ちる。 
「もう、帰ってこないよ」
 私はビルギットを突き離した。
 私は姉、ヴィクトリアからの命令とはいえども、この自分の手でかけたのだから、言い訳はしない。
 私はシャツのボタンを止め、また革鎧を着ける。胸の傷を自分で見る度に、心臓がないのに自分がどうやって動かされているのか、相変わらずわからない。
 この業による物なのか、業によって、動かされているのか。私は最後にスカーフを首元に締めた。
 ビルギットの方を見ると刀を置いて、膝立ちになり、両手で顔を覆いすすり泣いている。
 私が傷の手当のために破いたロングスカートはそのままで傷とアザだらけの片足を覗かせ、手当てした場所もそのままだった。
 
 天使によって、破壊された砦の崩落した場所は大きく、辺り一面の夜空が見える。羽と花びら散り積もっている。天使の破魔の矢が放たれた場所は焦げ付いていた。また、風が強く吹く音を立てた。
 ビルギットは顔に覆っていた手を離し、右手は刀を手にし、左手は涙をぬぐい立ち上がる。 
「喪に服する時間は無いと……」
 泣いて、しゃくり上げた声だ。 
「言った」
 私はビルギットの目を見つめる。 ビルギットはまた黒い長手袋で目を擦った。それで彼女の目元は赤く腫れている。
 私は彼女に聞きたいことがあったので質問をした。答えが返ってくるかは期待していない。 
「ビルギット、お前ここにいただろ? 面識がないがもしかして……」
「弔いの湖の天使駆除作戦の時、参加していました。」
「私もその任務に参加していた。その時か、誰か一人、隊から抜けた人が一人と」
「本来の私に戻ると」
 彼女は顔を上げ、私を見つめた。 表情が穏やかになりつつも、目はどこか険しかった。
 その時、また別の生存者の声が聞こえた。
 あどけない少女の声だった。ビルギットが咄嗟に振り返った。 
「ビルギット!!」 
 名前を呼ぶ声、ビルギットと。
 ビルギットの後方の彼方に少女が、なぜか少女が立っていた。両目を瞑っている。盲目の。両目には傷跡がある。
 私、ジナヴラが知らぬ少女の名前をビルギットが叫ぶのを聞いた。 
「エリカ!!」 
 それは断末魔のように。

#AlaterandSacrifice

015/Altar and Sacrifice


 静寂が動き出す。

 風が強く吹き叫び、砦の窓やら壁の隙間やら、どこからも風が入り、笛を吹くような音が鳴る。 私が帰って来るのを待ちわびたかのようだ。ただし、この風の音は喜びの音ではない。 私は砦の大扉を前で立ち止まり、自分の胸の中心に手を当てる。

 私は何故、立てるのか?
 私は何故、歩けるのか?
 私は何故、目が見えるのか?
 私は何故、耳が聞こえるのか?
 私は何故、息ができるのか?

 自問自答をしている。答えは見つからない。それは祭壇者として、それが理だからとしか言えない。
 古びた大扉の前でたたずみ、周囲の様子を伺うため、耳を澄ませた。人の生活音、足音、息使いすら聞こえなかった。静寂だけが残っている。まるで皆、どこかへ去ってしまったような静けさだった。
 私は思った。私がいない間、何が起きたのだろうと。いや、もう予想している事が起きている。私は一歩ずつ足を動かし、 また立ち止まっては深呼吸をする。顔を上げ、重く古い扉に手をかけ、開いていった。開くと金切り声のような音と地を削る音が鳴り響く。この砦に。
 今の私に何が出来るのだろう。このまま去ってしまっても罰が当たらないのかという思考に揺れ動く。だが私は進み歩く。
「取り返してやる。待っていろ」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 
 大扉を通ると、中庭があり、広場を中心に武器庫や倉庫などに通ずる通路がある。人が歩く場所は石で作られた石畳となっており、その石畳の隙間から生えてきた草花を抜き取っては刈り取り、手入れをしていた。草取りは当番制で中にサボる人はいたが、ほぼ毎日手入れをされ、草が生えている状態というのは、ほぼ無かった。
 だが今、私がいる、この場所の状態は草が生え生い茂っている。こんなことは無かった。
 サボる人はいたが代わりに庭弄りが好きな人がやっていた事もあり、こんな事はなかった。
 おかしい。おかしい。駄目だ。答えはもうわかっているのに!
 全部の部屋を確認をし、最後に武器庫の方へ確認した。使えそうな剣がないか探した。だが、見つかったのは全部刃こぼれした物やシリンダーの故障を起こした物しかなかった。
 門から真っ直ぐに続く通路は砦の大広間に続く。私は大広間に行き、重たい木の扉を開ける。ずっしりと重たい。
 開けた瞬間、部屋中からの風が異臭と赤い花びらと白い羽を私の元へ風が運んで来た。
 異臭が私の鼻にぶつかる。私の予想が的中したのだ。

 同胞が皆亡くなっている。

 今、この場にいる私を除き、皆、剣を持って亡くなったのだ。遺体の状態は、破魔の矢と嘴でやられたようだ。
 そして、皆、目がえぐり取られている。
 普通、目を覆いたくなり、口を閉ざすだろう。だが勇気を出して口にして言わないと行けない時がある。これはその時だ。
 破魔の矢に数回、被弾した後に同胞の身につけている装備を壊し、壊した所からそこに数匹、狙ってやってくる。狙った箇所を嘴で強く突っつき、肌が見えたら更に突っつく。
 肉が見えたら、更に突っついては肉を引っ張る。突っついては引っ張り、突っついては引っ張りと繰り返す。
 大広間の環境は外とは違い、破魔の矢を回避し辛い。
 遮蔽物は石柱と木製の家具などだけで、木の家具は破魔の矢の前にすれば何の意味もなくなる。
 机の裏に隠れて、隙を突こうとした同胞は机ごと射抜かれていた。丁度胸辺りだ。天使らしいじゃないか。
 装備を破壊して柔らかい所を狙うのは天使達の手口だ。いや、人もやるか。
 あの時の湖の天使駆除と同じだ。違うのは外じゃなく、屋内という所だけだ。どう考えても不利だ。
 しかし、こいつらが何処から侵入して来たのか?
 ここの砦は整備や修理は小まめにやって来た。

 どうやって?

 私は、大広間を見渡す。
 どこも死体、死体、死体だらけだ。上の方を見上げると月明かりがさしている所を見つけ、さらに天井の方を見たら、破壊された跡があった。
 大きく、丸く、満月がきれいに見える程の広さで大広間は吹き曝しとなっていた。
 更に大きな穴の周りには焦げた跡や天使の死骸がいくつもくっついてはぶら下がっていた。
 私は、一瞬何があったのかわからなかったが気を取り直し、私は仲間の生存者を探した。
 皆、亡くなっているのはわかっている。
 声がけしながら歩いた。破壊された家具の下敷きになっている仲間にも、瓦礫の下敷きになっている仲間にも声がけをした。倒れている仲間にも。
 
 結果は、何も誰も返事が来なかった。
 
 私は声が枯れているのにも関わらず、声をかけ続けた。声かけをする度、咳き込み咽る。

 わかっている。わかってはいる。
 
 それでも声をかけ続ける。私は風に吹かれた赤い花びらと白い羽を掻き分ける。しゃがれ声で安否の確認を叫ぶ。
 
「誰か! 無事か!?」
「ジナヴラだ! 私は帰ってきた!」
 
 天使の死骸も同胞の遺体も混じっている。近くに天使がいるかもしれない。居たら、死臭と私の声で呼び寄せるだろう。それでも抑えられなかった。
 拳を握りしめ震える。
 そうまでしても、人の息遣いさえも気配を感じられず、途方に暮れた。ただ、風が強く吹き叫ぶ音が鳴り響いた。冷たく。
 私は同胞だった物の山の上を歩き回った。天使の死骸は踏み潰し、骨も粉々にしてやった。もろいものだ。
 弔う時間は無い。これだけいるのだから。
 石造りの床の上で天使の骨を踏み砕く音が鳴り響いて続く。
 私はまた、使える剣がないかとまた探し始める。
 自暴自棄になる時ではない。辺りを見回した。同胞の持つ、ミゼリコードを一つ一つ、一人一人、確認した。
 だが、武器庫の物と同じく、それよりかは損傷が激しい物しか見当たらなかった。戦っている時、駄目になってしまった物だろう。
 しかし、液剤が入っているシリンダーは2本見つけた。
 
 剣は、使える剣はないのか。
 
 また、同胞の遺体の山を見渡す。崩壊した所に目が入った。月明かりがさしている。
 照らされた瓦礫の山の方へ自然と足が動いた。

 私を呼んでいる。そんな気がした。

 月明かりに照らされた瓦礫の山の裏側に一瞬、輝いたものが見えた。一筋の流れ星のように。
 瓦礫の山の裏側から1本の銀色の棒が見える。私は足早と瓦礫の山の裏側へかけよった。岩や折れた木に足が引っかかりそうになりながら、それでも気にせず進んだ。確信した。
 
 あった! あったのだ!
 剣が、ミゼリコードが。
 
 ミゼリコードは汚れや傷はあるが故障を起こしているようには見えない。他と違う所は生きている同胞が剣の向こう側で瓦礫の山に背中を預けて座っている。
 
「ずいぶんと遅かったじゃない」
 
 同胞が顔を上げ、私に話しかけた。セージだ。
 セージは髪の色が明るい緑色よりのブラウンで髪の長さは伸ばし、後ろ髪を黒いリボンでまとめている。まとめ髪は毛先の部分がうねっている。
 目は垂れ目でオリーブ色の瞳で、眉は怒り眉に近く線が細い。顔の輪郭は痩せ気味のため、顎が少し尖っていて、そのおかげでか鼻もするどく高く感じる。声はどこか甘ったるく、高い。
 全体的に見ると優しそうな印象を与えるが、どこか近寄りにくい。
 私は剣の向こう側にいるセージにかけよった。私は涙が枯れていると自分で思っていたが泣きそうになったが堪えた。

 静寂が動き出した。
 
「すまない。大丈夫か?」
 私はそう言いながら、セージの様態を確認をする。 
「大丈夫じゃないわ。見てわかるでしょ?  らしくないわね」
 と冗談と皮肉が交じりに微笑みながら言った。 
 セージは右腹の方を手でおさえている。彼女は気だるげにため息をつく。安心も痛みからの物だろう。
「ジナヴラちゃんが帰ってくるのが遅くて、私の事を忘れ去られていると思っていたわ。覚えている? 庭弄りが好きでよく庭の手入れをしていたセージよ」
 眉間に皺を寄せながら、痛みを我慢している声でセージは話した。
 「覚えている。お前、剣の薬を使っていないのか? 早く使え!」
 私は持って来た慈悲の雫のシリンダーを1本使おうとした。
「先輩に「お前」呼ばわりは相変わらずだったわ。らしいわ」
 セージはクスクスと笑い、咳き込んだ。 口を手で抑え、抑えた跡の手の平には唾液と血の色が薄くなった物で染まっていた。
 セージの目は鋭く、ジナヴラ、私の目を見つめた。
 わかっているでしょ? と言わんばかりに。
「他の人が来たらと思って使わないでいたわ。他の仲間も私も天使に奇襲されて戦ったけど、このザマよ」
 目をつむりながら、セージは自分の右腹を傷を強く抑えた。血がまた滲み滴り落ちる。
「もう喋るな」 
 私は手当てをしようとし、スカーフを取り、セージの側までかがみ込んで止血を試みようとした。が、セージに手を跳ね除けられた。 
「私、もう喋らないわ。ジナヴラちゃんの頼みだし」 
 またセージは私の目を強く見つめた。私は自分のスカーフを持った手を大人しく引き下げ、スカーフを強く握りしめた。 
 私は静かに立ち上がり、セージからそっと離れ、ミゼリコードを引き抜いた。引き抜いた時の剣はまた光を射した。
 私はシリンダーが回るか確認するため、軽く引き金を引き、金属同士が軽く叩く音が辺りに響いた。 故障は無いようだ。シリンダーの中の薬も入っている。
 私はまたセージの方を見ると、セージは頭を下げ眠っていた。喋らない。もう。
 私は喋らないセージと同胞達を後にし、歩き出した。
 託された慈悲の剣を握り、静寂は動き出す。
 握っていたスカーフをまた首元に締め直した。

#AlaterandSacrifice

014/Altar and Sacrifice


 顔が蝋で覆われた女神像がある。

 私は顔が蝋で覆われた女神像の前に跪いていて祈りを捧げている。形式上だが白薔薇隊は掟として、祈りを捧げる慣習がある。
 日が暮れ、空は深い紺色に染まり、薄雲はねずみ色に染まった。その中に点々と散り散りに小さな白く輝く宝石のように星が輝いている。
 月明かりもはっきり分かるぐらい、月はきれいに空の上で顔を出し、廃れて屋根が朽ちた教会と私を照らす。
 あの顔が蝋で覆われた女神像も一緒に。
 今宵の月光は青白い。暗闇の中で目を慣らすにはたいして、そのおかげで時間がかからなかった。
 私の銀の左手は青白い月光を反射し、きらめいた。その銀色の左手の指で、昔、誰かが、知らない人達が大切にされてきたであろう女神像にあの顔の蝋を剥がして顔が見たくなる衝動に駆られた。
 私は銀の左手の指で女神像の左手の頬についている蝋を一欠片、傷をつけ削り取る。
 削った跡は白く、像自体は雨風に晒され、一部が風化し、土埃や苔などで汚れている。削り取った所は当時のままだろう。おそらくは。
  いっその事、全部、顔の蝋を剥ぎ取ってやろうか。
 だが、私は自分の銀のフクロウの仮面に左の義手の手の平でおおった。金属同士のぶつかり、擦れる音が鳴る。
 
「罰当たりな」

 独り言を呟くほどに衝動に駆られた。
 女神像に私はけっして、話をかけていない。物言わぬ。
 周囲に誰かいないかと確認し、音も足音や話し声、息の音などに耳を澄ませて聞く。
 警戒して周りの様子を確認した。虫が飛んでいるだけで誰の姿も見ない。音は野生動物の鹿か兎かは分からないが、それらの足音だけで人の足音が聞こえなかった。
 私の独り言しか聞こえない。
 ただ、あるのは風が優しく草木の葉を撫で合う音や虫の音色しかなかった。 
 私は顔が蝋で覆われた女神像の顔を生まれてから一度も見たことがない。
 この国の、この地の奇習と言えばそうだが各地の女神像の顔も蝋で覆われているのだ。
 祈りを込め続け、顔がわからなくなるほど、何人も何年も何度も幾度も祈りを込め女神像の顔に蝋を垂らし続ける。そうして顔が分からなくなっていく。 人の祈りのために。
 何故なのかは少しだけ、私の一番上の姉から聞いたことがある。この国の神話から由来すると言う。
 火を灯した蝋燭の溶けた蝋を女神像に垂らすのはこの国の神話の女神の涙は不滅らしく、それを合わせて、溶けた蝋の雫を涙に見立てている。最も古い物だと塩水を垂らし続けて、顔に塩がこびり着いた物もあれば、変わり物だと蜂蜜か樹液を塗っている物もあるそうだ。
  そう、私の一番上の姉が教えてくれた。優しく。
 もう昔の話だ。だがずっと覚えている。戦っているうちに忘れるものだと思っていたが、忘れられないものだと。
 一番上の姉は、生まれながらにして左腕と左足が無い、こんな体の私に優しくしてくれた。
 今は、姉上はどこにもいなくなってしまった。
 人は先にいなくなる人の声を忘れてしまうと言う。私は戦い続けて忘れてしまった事を幾度も経験した。
 だけど彼女のどんな声色だったかははっきり覚えている。薔薇の花の香りのような、くすぐるような甘い感覚と言えばいいのだろうか。甘いのだけは覚えている。 姉上の顔が、私の記憶から、ぼやけて忘れてしまいそうになったときは、恐かった。
 いつか全部忘れていきそうだ。でも今は、私は、覚えている。 私は思い出そうとして、無意識に頭をうつむいてしまっていた。
 自分の足元が目に入り、踏みつけているのは古くなって苔と黴で汚れたカーペットと、つま先の近く、その先には青緑色に所々錆びた蝋燭立てが一〇本倒れて落ちていた。その中には折れてしまっているものもある。他にヒビが入った花瓶に、香入れが横になって倒れ、灰をこぼしたままだったりと物が散乱していた。
 私は顔を上げ、祭壇の方を見ると枯れた花が四本。横になったまま女神像の祭壇は、おそらく当時のまま放置されて来たようだ。この教会は忘れ去られて朽ちていったのだろう。
 女神を置いて。
 ただ違う事は、私がここにたどり着いてしまった事だった。
 ここの教会がどういう経緯で建てられた物なのかはわからないが、新しく建てられたときはきっと、この女神像の顔を見ることが出来ただろう。
 私は思いを馳せながら、朽ちた祭壇に一つだけ、布に包まれた供物を捧げる。
 それはまだ新しく、それは布が赤く染まるもので、それはかすかに温かく、それは徐々に冷たくなって行き、私はまた祈りを捧げ、また立ち上がり、朽ちた祭壇の上の赤く染まった布に包まれた供物に銀の左手をかざす。
「十分、祈ったさ。もうこれでお預けだ」 
 朽ちた祭壇から、赤く染まった布に包まれた供物を取り上げた。同時に左の銀の手のひらも赤く移る。
 私は金属製の胴当てをもう片方の生身の右手で外していく。鎧は植物の蔦や葉の模様を彫られた職人技の物で、それも月明かりに照らされ、光る。
 今は本来の銀色と違い、生々しい赤が彩られている。
 
 新しい、いや、少し前にだ。
 
 実の妹を手にかけた、その時に着いたものだ。妹の血を浴び、それは装備の下の衣服まで染み渡っていた。
 半乾きで布と肌がくっつく感触には慣れている。どうってことは無い。また洗えば良い。
 私は衣服のボタンを外し、中の下着を上にずらした。外気に晒された私の肌は風が古傷を撫でる。
 少し肌寒く感じる。まだこの季節は寒くないのに。濡れたせいだろう。それも時期に感じなくなる。
 自分の胸の下着に意味はない。だって、両方の乳房は自分で削ぎ取った。
 こんな生まれながらの不完全な体に不釣り合いな上、もちろん病もあった。が、戦う上で邪魔だと。 だから、乳房は両方とも自分で取った。丁度良かった。元あった胸は手術痕になっている。
 私は頭を上げ、目を合わせる事が出来ない女神と目をそらさず、剣の引き金を引く。
 シリンダーの回る音と引き金のぶつかる音が鳴る。強く引くほど、中の水薬が剣に慈悲が満たされていく。
 そして、私はこの剣で自らの胸に突き刺す。目を見開いたまま。
 女神像の背後には満月が見える。光背のようだ。だが顔は見せない。女神も私も泣き顔を見せたくないのだろう。剣の柄を力のある限り強く握り、胸を縦に裂き、妹ジナヴラが愛したジェーンの心臓を赤く濡れたヴェールをめくり外し、そして私の胸にしまい込んだ。
 剣で自らを斬った。痛みは無く、あるのは冷たい異物感だけで終わった。 自分で自分を斬り裂いた影響で出血が多く、くらつき、膝をついた。剣も手から離し落とした。 きらりと血と薬で剣は輝く。
 私はそのような状態になっても、顔が蝋で覆われた女神像を見続け、私は女神に向かって静かに言い放す。
 するどく、かなり鋭くに。 
「私は白薔薇隊、隊長ヴィクトリア。悲母トランメディセインよ。私はお前の事なんぞ、信じていない。だが形式上の祈りだけは捧げてやる」 
 女神像は物言わぬ。偶像だから当たり前か。
 私は張り叫んだおかげで、目眩で一瞬目の前が真っ暗になったがすぐに元に戻った。 
「私はお前に縋るほど、馬鹿ではない。私の部下や同胞も皆そうだ」 
 私は傷の痛みを感じず、口元は少し歯を覗かせて、にやりと笑う。
 月は女神と私を照らし、風は強く傷を負った胸と肌を撫でていった。

#AlaterandSacrifice

013/Altar and Sacrifice


 天使、迎えに来ず。

 鳥の羽ばたく物音が聞こえる。何かから逃げるように抜け落ちた羽を残して、散り散りになりながら飛んでいく音がする。

 羽か、羽の音。ああ迎えに来たのか。

 ジェーンだったら良かったがここも甘くなかったのはがっかりする。
 姉にトドメを刺されてからは前が見えない。ここは何処だ?
 手を前に伸ばそうとしたら、腕と手を動かせられた。私はそのまま自分の顔を触ると、顔の上に布を被せられていたので掴んだ。布は薄く滑らかで手触りがよかった。
 さらに片手の方の手で布の下になっている自分の顔の頬を手探りで触った。皮膚と肉の下の固い骨の感触があり、外気に晒されている。皮膚が冷たく、だが仄かに温かった。普段なら気にもしない感覚すらも感動を覚えた。

 羽ばたく音がまた聞こえる。

 私は顔の上の布を取ると、暗く目を凝らして見るとドーム状の石造りの天井が見えた。目で右から左へ左から右へと辺りを見回した。暗闇の中に薄い光が刺しているところが少しだけ見えた。
 私は自分の頬にある手を口を軽く触り、そのまま線を書くようにつたい喉を触った。次に胸の傷痕あたりを触った。革の胸当ては無く、上はシャツだけになっていて、胸が少しはだけていた。胸の傷とその周囲は血や血漿が生乾きでベタついている。不快だったので顔にかかっていた布で拭いた。

 私は生きている。いや、生かされている。
 
 生唾を飲み、次に上半身をゆっくりと起こした。自分の膝の上を見ると赤い花びらが散っていて、さらに周りには大量の赤い花びらで積もっていた。
 私は石造りの床の上に寝かせられていたようだ。大量の花びらがクッションの役割になっていたおかげでか、背中があまり痛くならずにすんだ。
 目が暗闇に慣れ、月明かりを頼りにまた見回しながら、はだけているシャツのボタンをかけ直し立ち上がった。
 床と同じく、石造りのアーチ状の大きい窓がいくつも並んでいる廊下があり、その廊下は雨や風で花びらの吹き溜まりになっている所はどうやら廃墟と化した寺院らしい。
 柱や壁にひび割れがあり、その隙間から草木が生え、太陽の光や雨水を少しでも多く摂ろうとして背を伸ばしている。窓の向こう側には小さな溜め池があり、それもレンガで整備されていて、水が汲みやすいように足場と階段があった。
 私は喉が乾いていたので溜め池の方を確認するため近くに寄った。中庭の溜め池は長い間、人の手入れがされていなかったおかげでか、水は藻が浮いていて、落ち葉や虫の死骸が浮いていて、水草が生え、小さな虫や生き物達の住処になっていた。
 私は溜め池の水質を見て、我慢をした。
 また私が寝かせられていた場所を振り返る。自分の持ち物が無いかと確認し、花びらの吹き溜まりの方もくまなく探したが見当たらない。自分は殺されたようなものだから当たり前かと笑いが込み上げる。
 ここに居ても仕様がない。
 私は中庭の向こう側に見える白い石造りの入り口が見えるので溜め池の前を通りすぎようとした。草花が生い茂っているので足が上がりづらい。自分の今の体だとさらに足が上がらなかった。何度か草に引っ掛かっては転びそうになりながらも溜め池の中庭を何とか通った。
 虫は草の中を飛び回っては草に止まる音だけを残す。
 しばらくして、上空から鳥の羽ばたく音が大きく聞こえたので見上げた。
 トリが群れて飛んでいる。廃墟の中庭で丸腰で立っている私がいるのにも関わらず、私を見もくれずに通り過ぎて行ってしまった。
 私はこいつらにさえ、迎えに来てもらえないのかと含み笑いをした。喉が渇いてくっつくような感覚がし、笑うと咽た。
 私はまた空を見て、飛び去って小さくなっているトリ達に向かって叫んだ。
 
「私は丸腰だぞ! ほら来いよ!」
 
 精一杯しゃがれ声で叫んだ。
 それでもなおトリは振り向かなかった。
 自分の声がこだまとなって響いて終わり、私はさらに吐きそうになるほど咽せ、片膝をつき、喉を両手で抑え、落ち着くまでしばし、そのままの体勢にし、咳が治まると胸の真ん中を優しく抑えて、小さく呟いた。
 
「……ジェーンはいない」
 
 自分が酷く情けなく感じた。
 なら、迎えに来ないならこっちが行けばいい。地の果てまで。
 
 頭を上を向け、静かに立ち上がり、朽ちた石造りのアーチ状の入口に向かい中庭から立ち去った。

#AlaterandSacrifice