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016/Altar and Sacrifice


 兵士と僧侶。

 私は新たな生存者にあった。
 堂々と二本足で立って、ゆっくりとおしとやかに歩いている。黒い服に袖のふくらはぎには白く透明なビジューが幾つもついているのが特徴の僧侶服に、ジェーンの顔にそっくりな女が。
 ビルギットだ。
 あの時、天使の群れに襲われている所を見放したが、生きていた。やはり、やり手の女だ。
 ビルギットは私の事を強く睨んだ。言うまでも無い。
「元気かい?」
 私は皮肉を言った。
「喪に服する程度ですかね」
 ビルギットも皮肉で返す。睨みながら。
「喪に服する時間なんざ無いさ」
  お互い、唇を片方上げ笑う。
 私は歯を覗かせ、ビルギットは手に持っている刀の刃を月明かりで反射させ、煌めかせる。
 私も握っている剣を月明かりで反射させて煌めかせた。
 大広間を抜け、上の階の様子を見に行こうとしたら、また出会ってしまった。上の階に続く階段も廊下も壁も天井も天使の手によって破壊され、崩落し、危険な場所になってしまっている。
 石造りの廊下の床にはヒビが入り、残って欠けた壁や天井には破魔の矢の焦げた跡と天使の死骸が窓ガラスや壁にくっついた虫の死骸のようにこびり着いている。
「ここにいる、ということは見ただろ?」
 私は刀に目を向けてから、ビルギットの顔を見た。鬼の形相をしている。
「お前の求めているものは無いよ」
 ため息をつき、ビルギットに告げた。
「何ですって……!!」
 目を大きく開けた。
「そのままの意味だよ」
 私はまたため息をついた。
「ジェーンの心臓は無い」
 前髪をかき上げ、溜め息をまたついた。
 ビルギットは両手を震わせ、歯をカチカチと何度か鳴らす。既にある強い復讐心に飲み込まれそうになっているのを抑えているようだ。
「僧侶らしくないな。落ち着けよ」
 私は無意識に眉間に皺を寄せていた事に気づき、緩めた。
「白薔薇隊、隊長のヴィクトリアに渡したよ」
 場の空気は凍りついた。その時、風が強く吹き、風が私の肌に突き刺さるかのような感覚がした。さらに私は言った。
「だから、私の胸の中にはもう無い」
 私はまた前髪をかき上げた。風で髪が纏わりつく。
 ビルギットの方を見ると上の空のようになり、空を見上げては私の方を見る。そして呟いた。
「ヴィクトリア隊長が……? どうして……?」
 目を白黒にし、復讐の僧侶は狼狽えた。
 “隊長”とビルギットが言っていたので点と点が繋がり、線となった。
「ヴィクトリア隊長はそんな事をしないはずでしょう」
「何を言っているの……ジナヴラ……」
 ビルギットは空笑いをした。
 私はその様子を見て、静かに革鎧を外した。私は足を一歩ずつ出しながら、シャツのボタンを外していく。白いマントの前がけを片手の腕で首の方までおさえ、胸が見えるようにした。
 剣を置いて。争う気は無いからだ。
「証拠は、あの時みたいに確認出来るぞ」
 私はシャツをはだけさせ言った。胸の生々しい傷跡を見せつけた。
 ビルギットは私の傷跡を見て、よろめきながら歩き、私に近づいていった。ゆっくり左手をかざしながら、刀を握っている手は、力なく引きずっている。刀が引きずった跡は石と砂と埃の上に描いて行った。
 ビルギットが私の目の前にまで近づき、そして、左手を私の胸の傷を触ろうとしたが止めた。かわりに私の右肩をつかみ、項垂ながら言った。 
「……ジェーンを……ジェーンを……返して」
 小さく彼女は呟いた。 
 ビルギットの足元を見ると小さい水の跡が二つ出来ていた。瓦礫の岩や砂の上に。またビルギットのうつむいた顔から二滴の雫が滴り落ちる。 
「もう、帰ってこないよ」
 私はビルギットを突き離した。
 私は姉、ヴィクトリアからの命令とはいえども、この自分の手でかけたのだから、言い訳はしない。
 私はシャツのボタンを止め、また革鎧を着ける。胸の傷を自分で見る度に、心臓がないのに自分がどうやって動かされているのか、相変わらずわからない。
 この業による物なのか、業によって、動かされているのか。私は最後にスカーフを首元に締めた。
 ビルギットの方を見ると刀を置いて、膝立ちになり、両手で顔を覆いすすり泣いている。
 私が傷の手当のために破いたロングスカートはそのままで傷とアザだらけの片足を覗かせ、手当てした場所もそのままだった。
 
 天使によって、破壊された砦の崩落した場所は大きく、辺り一面の夜空が見える。羽と花びら散り積もっている。天使の破魔の矢が放たれた場所は焦げ付いていた。また、風が強く吹く音を立てた。
 ビルギットは顔に覆っていた手を離し、右手は刀を手にし、左手は涙をぬぐい立ち上がる。 
「喪に服する時間は無いと……」
 泣いて、しゃくり上げた声だ。 
「言った」
 私はビルギットの目を見つめる。 ビルギットはまた黒い長手袋で目を擦った。それで彼女の目元は赤く腫れている。
 私は彼女に聞きたいことがあったので質問をした。答えが返ってくるかは期待していない。 
「ビルギット、お前ここにいただろ? 面識がないがもしかして……」
「弔いの湖の天使駆除作戦の時、参加していました。」
「私もその任務に参加していた。その時か、誰か一人、隊から抜けた人が一人と」
「本来の私に戻ると」
 彼女は顔を上げ、私を見つめた。 表情が穏やかになりつつも、目はどこか険しかった。
 その時、また別の生存者の声が聞こえた。
 あどけない少女の声だった。ビルギットが咄嗟に振り返った。 
「ビルギット!!」 
 名前を呼ぶ声、ビルギットと。
 ビルギットの後方の彼方に少女が、なぜか少女が立っていた。両目を瞑っている。盲目の。両目には傷跡がある。
 私、ジナヴラが知らぬ少女の名前をビルギットが叫ぶのを聞いた。 
「エリカ!!」 
 それは断末魔のように。

#AlaterandSacrifice

015/Altar and Sacrifice


 静寂が動き出す。

 風が強く吹き叫び、砦の窓やら壁の隙間やら、どこからも風が入り、笛を吹くような音が鳴る。 私が帰って来るのを待ちわびたかのようだ。ただし、この風の音は喜びの音ではない。 私は砦の大扉を前で立ち止まり、自分の胸の中心に手を当てる。

 私は何故、立てるのか?
 私は何故、歩けるのか?
 私は何故、目が見えるのか?
 私は何故、耳が聞こえるのか?
 私は何故、息ができるのか?

 自問自答をしている。答えは見つからない。それは祭壇者として、それが理だからとしか言えない。
 古びた大扉の前でたたずみ、周囲の様子を伺うため、耳を澄ませた。人の生活音、足音、息使いすら聞こえなかった。静寂だけが残っている。まるで皆、どこかへ去ってしまったような静けさだった。
 私は思った。私がいない間、何が起きたのだろうと。いや、もう予想している事が起きている。私は一歩ずつ足を動かし、 また立ち止まっては深呼吸をする。顔を上げ、重く古い扉に手をかけ、開いていった。開くと金切り声のような音と地を削る音が鳴り響く。この砦に。
 今の私に何が出来るのだろう。このまま去ってしまっても罰が当たらないのかという思考に揺れ動く。だが私は進み歩く。
「取り返してやる。待っていろ」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 
 大扉を通ると、中庭があり、広場を中心に武器庫や倉庫などに通ずる通路がある。人が歩く場所は石で作られた石畳となっており、その石畳の隙間から生えてきた草花を抜き取っては刈り取り、手入れをしていた。草取りは当番制で中にサボる人はいたが、ほぼ毎日手入れをされ、草が生えている状態というのは、ほぼ無かった。
 だが今、私がいる、この場所の状態は草が生え生い茂っている。こんなことは無かった。
 サボる人はいたが代わりに庭弄りが好きな人がやっていた事もあり、こんな事はなかった。
 おかしい。おかしい。駄目だ。答えはもうわかっているのに!
 全部の部屋を確認をし、最後に武器庫の方へ確認した。使えそうな剣がないか探した。だが、見つかったのは全部刃こぼれした物やシリンダーの故障を起こした物しかなかった。
 門から真っ直ぐに続く通路は砦の大広間に続く。私は大広間に行き、重たい木の扉を開ける。ずっしりと重たい。
 開けた瞬間、部屋中からの風が異臭と赤い花びらと白い羽を私の元へ風が運んで来た。
 異臭が私の鼻にぶつかる。私の予想が的中したのだ。

 同胞が皆亡くなっている。

 今、この場にいる私を除き、皆、剣を持って亡くなったのだ。遺体の状態は、破魔の矢と嘴でやられたようだ。
 そして、皆、目がえぐり取られている。
 普通、目を覆いたくなり、口を閉ざすだろう。だが勇気を出して口にして言わないと行けない時がある。これはその時だ。
 破魔の矢に数回、被弾した後に同胞の身につけている装備を壊し、壊した所からそこに数匹、狙ってやってくる。狙った箇所を嘴で強く突っつき、肌が見えたら更に突っつく。
 肉が見えたら、更に突っついては肉を引っ張る。突っついては引っ張り、突っついては引っ張りと繰り返す。
 大広間の環境は外とは違い、破魔の矢を回避し辛い。
 遮蔽物は石柱と木製の家具などだけで、木の家具は破魔の矢の前にすれば何の意味もなくなる。
 机の裏に隠れて、隙を突こうとした同胞は机ごと射抜かれていた。丁度胸辺りだ。天使らしいじゃないか。
 装備を破壊して柔らかい所を狙うのは天使達の手口だ。いや、人もやるか。
 あの時の湖の天使駆除と同じだ。違うのは外じゃなく、屋内という所だけだ。どう考えても不利だ。
 しかし、こいつらが何処から侵入して来たのか?
 ここの砦は整備や修理は小まめにやって来た。

 どうやって?

 私は、大広間を見渡す。
 どこも死体、死体、死体だらけだ。上の方を見上げると月明かりがさしている所を見つけ、さらに天井の方を見たら、破壊された跡があった。
 大きく、丸く、満月がきれいに見える程の広さで大広間は吹き曝しとなっていた。
 更に大きな穴の周りには焦げた跡や天使の死骸がいくつもくっついてはぶら下がっていた。
 私は、一瞬何があったのかわからなかったが気を取り直し、私は仲間の生存者を探した。
 皆、亡くなっているのはわかっている。
 声がけしながら歩いた。破壊された家具の下敷きになっている仲間にも、瓦礫の下敷きになっている仲間にも声がけをした。倒れている仲間にも。
 
 結果は、何も誰も返事が来なかった。
 
 私は声が枯れているのにも関わらず、声をかけ続けた。声かけをする度、咳き込み咽る。

 わかっている。わかってはいる。
 
 それでも声をかけ続ける。私は風に吹かれた赤い花びらと白い羽を掻き分ける。しゃがれ声で安否の確認を叫ぶ。
 
「誰か! 無事か!?」
「ジナヴラだ! 私は帰ってきた!」
 
 天使の死骸も同胞の遺体も混じっている。近くに天使がいるかもしれない。居たら、死臭と私の声で呼び寄せるだろう。それでも抑えられなかった。
 拳を握りしめ震える。
 そうまでしても、人の息遣いさえも気配を感じられず、途方に暮れた。ただ、風が強く吹き叫ぶ音が鳴り響いた。冷たく。
 私は同胞だった物の山の上を歩き回った。天使の死骸は踏み潰し、骨も粉々にしてやった。もろいものだ。
 弔う時間は無い。これだけいるのだから。
 石造りの床の上で天使の骨を踏み砕く音が鳴り響いて続く。
 私はまた、使える剣がないかとまた探し始める。
 自暴自棄になる時ではない。辺りを見回した。同胞の持つ、ミゼリコードを一つ一つ、一人一人、確認した。
 だが、武器庫の物と同じく、それよりかは損傷が激しい物しか見当たらなかった。戦っている時、駄目になってしまった物だろう。
 しかし、液剤が入っているシリンダーは2本見つけた。
 
 剣は、使える剣はないのか。
 
 また、同胞の遺体の山を見渡す。崩壊した所に目が入った。月明かりがさしている。
 照らされた瓦礫の山の方へ自然と足が動いた。

 私を呼んでいる。そんな気がした。

 月明かりに照らされた瓦礫の山の裏側に一瞬、輝いたものが見えた。一筋の流れ星のように。
 瓦礫の山の裏側から1本の銀色の棒が見える。私は足早と瓦礫の山の裏側へかけよった。岩や折れた木に足が引っかかりそうになりながら、それでも気にせず進んだ。確信した。
 
 あった! あったのだ!
 剣が、ミゼリコードが。
 
 ミゼリコードは汚れや傷はあるが故障を起こしているようには見えない。他と違う所は生きている同胞が剣の向こう側で瓦礫の山に背中を預けて座っている。
 
「ずいぶんと遅かったじゃない」
 
 同胞が顔を上げ、私に話しかけた。セージだ。
 セージは髪の色が明るい緑色よりのブラウンで髪の長さは伸ばし、後ろ髪を黒いリボンでまとめている。まとめ髪は毛先の部分がうねっている。
 目は垂れ目でオリーブ色の瞳で、眉は怒り眉に近く線が細い。顔の輪郭は痩せ気味のため、顎が少し尖っていて、そのおかげでか鼻もするどく高く感じる。声はどこか甘ったるく、高い。
 全体的に見ると優しそうな印象を与えるが、どこか近寄りにくい。
 私は剣の向こう側にいるセージにかけよった。私は涙が枯れていると自分で思っていたが泣きそうになったが堪えた。

 静寂が動き出した。
 
「すまない。大丈夫か?」
 私はそう言いながら、セージの様態を確認をする。 
「大丈夫じゃないわ。見てわかるでしょ?  らしくないわね」
 と冗談と皮肉が交じりに微笑みながら言った。 
 セージは右腹の方を手でおさえている。彼女は気だるげにため息をつく。安心も痛みからの物だろう。
「ジナヴラちゃんが帰ってくるのが遅くて、私の事を忘れ去られていると思っていたわ。覚えている? 庭弄りが好きでよく庭の手入れをしていたセージよ」
 眉間に皺を寄せながら、痛みを我慢している声でセージは話した。
 「覚えている。お前、剣の薬を使っていないのか? 早く使え!」
 私は持って来た慈悲の雫のシリンダーを1本使おうとした。
「先輩に「お前」呼ばわりは相変わらずだったわ。らしいわ」
 セージはクスクスと笑い、咳き込んだ。 口を手で抑え、抑えた跡の手の平には唾液と血の色が薄くなった物で染まっていた。
 セージの目は鋭く、ジナヴラ、私の目を見つめた。
 わかっているでしょ? と言わんばかりに。
「他の人が来たらと思って使わないでいたわ。他の仲間も私も天使に奇襲されて戦ったけど、このザマよ」
 目をつむりながら、セージは自分の右腹を傷を強く抑えた。血がまた滲み滴り落ちる。
「もう喋るな」 
 私は手当てをしようとし、スカーフを取り、セージの側までかがみ込んで止血を試みようとした。が、セージに手を跳ね除けられた。 
「私、もう喋らないわ。ジナヴラちゃんの頼みだし」 
 またセージは私の目を強く見つめた。私は自分のスカーフを持った手を大人しく引き下げ、スカーフを強く握りしめた。 
 私は静かに立ち上がり、セージからそっと離れ、ミゼリコードを引き抜いた。引き抜いた時の剣はまた光を射した。
 私はシリンダーが回るか確認するため、軽く引き金を引き、金属同士が軽く叩く音が辺りに響いた。 故障は無いようだ。シリンダーの中の薬も入っている。
 私はまたセージの方を見ると、セージは頭を下げ眠っていた。喋らない。もう。
 私は喋らないセージと同胞達を後にし、歩き出した。
 託された慈悲の剣を握り、静寂は動き出す。
 握っていたスカーフをまた首元に締め直した。

#AlaterandSacrifice

014/Altar and Sacrifice


 顔が蝋で覆われた女神像がある。

 私は顔が蝋で覆われた女神像の前に跪いていて祈りを捧げている。形式上だが白薔薇隊は掟として、祈りを捧げる慣習がある。
 日が暮れ、空は深い紺色に染まり、薄雲はねずみ色に染まった。その中に点々と散り散りに小さな白く輝く宝石のように星が輝いている。
 月明かりもはっきり分かるぐらい、月はきれいに空の上で顔を出し、廃れて屋根が朽ちた教会と私を照らす。
 あの顔が蝋で覆われた女神像も一緒に。
 今宵の月光は青白い。暗闇の中で目を慣らすにはたいして、そのおかげで時間がかからなかった。
 私の銀の左手は青白い月光を反射し、きらめいた。その銀色の左手の指で、昔、誰かが、知らない人達が大切にされてきたであろう女神像にあの顔の蝋を剥がして顔が見たくなる衝動に駆られた。
 私は銀の左手の指で女神像の左手の頬についている蝋を一欠片、傷をつけ削り取る。
 削った跡は白く、像自体は雨風に晒され、一部が風化し、土埃や苔などで汚れている。削り取った所は当時のままだろう。おそらくは。
  いっその事、全部、顔の蝋を剥ぎ取ってやろうか。
 だが、私は自分の銀のフクロウの仮面に左の義手の手の平でおおった。金属同士のぶつかり、擦れる音が鳴る。
 
「罰当たりな」

 独り言を呟くほどに衝動に駆られた。
 女神像に私はけっして、話をかけていない。物言わぬ。
 周囲に誰かいないかと確認し、音も足音や話し声、息の音などに耳を澄ませて聞く。
 警戒して周りの様子を確認した。虫が飛んでいるだけで誰の姿も見ない。音は野生動物の鹿か兎かは分からないが、それらの足音だけで人の足音が聞こえなかった。
 私の独り言しか聞こえない。
 ただ、あるのは風が優しく草木の葉を撫で合う音や虫の音色しかなかった。 
 私は顔が蝋で覆われた女神像の顔を生まれてから一度も見たことがない。
 この国の、この地の奇習と言えばそうだが各地の女神像の顔も蝋で覆われているのだ。
 祈りを込め続け、顔がわからなくなるほど、何人も何年も何度も幾度も祈りを込め女神像の顔に蝋を垂らし続ける。そうして顔が分からなくなっていく。 人の祈りのために。
 何故なのかは少しだけ、私の一番上の姉から聞いたことがある。この国の神話から由来すると言う。
 火を灯した蝋燭の溶けた蝋を女神像に垂らすのはこの国の神話の女神の涙は不滅らしく、それを合わせて、溶けた蝋の雫を涙に見立てている。最も古い物だと塩水を垂らし続けて、顔に塩がこびり着いた物もあれば、変わり物だと蜂蜜か樹液を塗っている物もあるそうだ。
  そう、私の一番上の姉が教えてくれた。優しく。
 もう昔の話だ。だがずっと覚えている。戦っているうちに忘れるものだと思っていたが、忘れられないものだと。
 一番上の姉は、生まれながらにして左腕と左足が無い、こんな体の私に優しくしてくれた。
 今は、姉上はどこにもいなくなってしまった。
 人は先にいなくなる人の声を忘れてしまうと言う。私は戦い続けて忘れてしまった事を幾度も経験した。
 だけど彼女のどんな声色だったかははっきり覚えている。薔薇の花の香りのような、くすぐるような甘い感覚と言えばいいのだろうか。甘いのだけは覚えている。 姉上の顔が、私の記憶から、ぼやけて忘れてしまいそうになったときは、恐かった。
 いつか全部忘れていきそうだ。でも今は、私は、覚えている。 私は思い出そうとして、無意識に頭をうつむいてしまっていた。
 自分の足元が目に入り、踏みつけているのは古くなって苔と黴で汚れたカーペットと、つま先の近く、その先には青緑色に所々錆びた蝋燭立てが一〇本倒れて落ちていた。その中には折れてしまっているものもある。他にヒビが入った花瓶に、香入れが横になって倒れ、灰をこぼしたままだったりと物が散乱していた。
 私は顔を上げ、祭壇の方を見ると枯れた花が四本。横になったまま女神像の祭壇は、おそらく当時のまま放置されて来たようだ。この教会は忘れ去られて朽ちていったのだろう。
 女神を置いて。
 ただ違う事は、私がここにたどり着いてしまった事だった。
 ここの教会がどういう経緯で建てられた物なのかはわからないが、新しく建てられたときはきっと、この女神像の顔を見ることが出来ただろう。
 私は思いを馳せながら、朽ちた祭壇に一つだけ、布に包まれた供物を捧げる。
 それはまだ新しく、それは布が赤く染まるもので、それはかすかに温かく、それは徐々に冷たくなって行き、私はまた祈りを捧げ、また立ち上がり、朽ちた祭壇の上の赤く染まった布に包まれた供物に銀の左手をかざす。
「十分、祈ったさ。もうこれでお預けだ」 
 朽ちた祭壇から、赤く染まった布に包まれた供物を取り上げた。同時に左の銀の手のひらも赤く移る。
 私は金属製の胴当てをもう片方の生身の右手で外していく。鎧は植物の蔦や葉の模様を彫られた職人技の物で、それも月明かりに照らされ、光る。
 今は本来の銀色と違い、生々しい赤が彩られている。
 
 新しい、いや、少し前にだ。
 
 実の妹を手にかけた、その時に着いたものだ。妹の血を浴び、それは装備の下の衣服まで染み渡っていた。
 半乾きで布と肌がくっつく感触には慣れている。どうってことは無い。また洗えば良い。
 私は衣服のボタンを外し、中の下着を上にずらした。外気に晒された私の肌は風が古傷を撫でる。
 少し肌寒く感じる。まだこの季節は寒くないのに。濡れたせいだろう。それも時期に感じなくなる。
 自分の胸の下着に意味はない。だって、両方の乳房は自分で削ぎ取った。
 こんな生まれながらの不完全な体に不釣り合いな上、もちろん病もあった。が、戦う上で邪魔だと。 だから、乳房は両方とも自分で取った。丁度良かった。元あった胸は手術痕になっている。
 私は頭を上げ、目を合わせる事が出来ない女神と目をそらさず、剣の引き金を引く。
 シリンダーの回る音と引き金のぶつかる音が鳴る。強く引くほど、中の水薬が剣に慈悲が満たされていく。
 そして、私はこの剣で自らの胸に突き刺す。目を見開いたまま。
 女神像の背後には満月が見える。光背のようだ。だが顔は見せない。女神も私も泣き顔を見せたくないのだろう。剣の柄を力のある限り強く握り、胸を縦に裂き、妹ジナヴラが愛したジェーンの心臓を赤く濡れたヴェールをめくり外し、そして私の胸にしまい込んだ。
 剣で自らを斬った。痛みは無く、あるのは冷たい異物感だけで終わった。 自分で自分を斬り裂いた影響で出血が多く、くらつき、膝をついた。剣も手から離し落とした。 きらりと血と薬で剣は輝く。
 私はそのような状態になっても、顔が蝋で覆われた女神像を見続け、私は女神に向かって静かに言い放す。
 するどく、かなり鋭くに。 
「私は白薔薇隊、隊長ヴィクトリア。悲母トランメディセインよ。私はお前の事なんぞ、信じていない。だが形式上の祈りだけは捧げてやる」 
 女神像は物言わぬ。偶像だから当たり前か。
 私は張り叫んだおかげで、目眩で一瞬目の前が真っ暗になったがすぐに元に戻った。 
「私はお前に縋るほど、馬鹿ではない。私の部下や同胞も皆そうだ」 
 私は傷の痛みを感じず、口元は少し歯を覗かせて、にやりと笑う。
 月は女神と私を照らし、風は強く傷を負った胸と肌を撫でていった。

#AlaterandSacrifice

013/Altar and Sacrifice


 天使、迎えに来ず。

 鳥の羽ばたく物音が聞こえる。何かから逃げるように抜け落ちた羽を残して、散り散りになりながら飛んでいく音がする。

 羽か、羽の音。ああ迎えに来たのか。

 ジェーンだったら良かったがここも甘くなかったのはがっかりする。
 姉にトドメを刺されてからは前が見えない。ここは何処だ?
 手を前に伸ばそうとしたら、腕と手を動かせられた。私はそのまま自分の顔を触ると、顔の上に布を被せられていたので掴んだ。布は薄く滑らかで手触りがよかった。
 さらに片手の方の手で布の下になっている自分の顔の頬を手探りで触った。皮膚と肉の下の固い骨の感触があり、外気に晒されている。皮膚が冷たく、だが仄かに温かった。普段なら気にもしない感覚すらも感動を覚えた。

 羽ばたく音がまた聞こえる。

 私は顔の上の布を取ると、暗く目を凝らして見るとドーム状の石造りの天井が見えた。目で右から左へ左から右へと辺りを見回した。暗闇の中に薄い光が刺しているところが少しだけ見えた。
 私は自分の頬にある手を口を軽く触り、そのまま線を書くようにつたい喉を触った。次に胸の傷痕あたりを触った。革の胸当ては無く、上はシャツだけになっていて、胸が少しはだけていた。胸の傷とその周囲は血や血漿が生乾きでベタついている。不快だったので顔にかかっていた布で拭いた。

 私は生きている。いや、生かされている。
 
 生唾を飲み、次に上半身をゆっくりと起こした。自分の膝の上を見ると赤い花びらが散っていて、さらに周りには大量の赤い花びらで積もっていた。
 私は石造りの床の上に寝かせられていたようだ。大量の花びらがクッションの役割になっていたおかげでか、背中があまり痛くならずにすんだ。
 目が暗闇に慣れ、月明かりを頼りにまた見回しながら、はだけているシャツのボタンをかけ直し立ち上がった。
 床と同じく、石造りのアーチ状の大きい窓がいくつも並んでいる廊下があり、その廊下は雨や風で花びらの吹き溜まりになっている所はどうやら廃墟と化した寺院らしい。
 柱や壁にひび割れがあり、その隙間から草木が生え、太陽の光や雨水を少しでも多く摂ろうとして背を伸ばしている。窓の向こう側には小さな溜め池があり、それもレンガで整備されていて、水が汲みやすいように足場と階段があった。
 私は喉が乾いていたので溜め池の方を確認するため近くに寄った。中庭の溜め池は長い間、人の手入れがされていなかったおかげでか、水は藻が浮いていて、落ち葉や虫の死骸が浮いていて、水草が生え、小さな虫や生き物達の住処になっていた。
 私は溜め池の水質を見て、我慢をした。
 また私が寝かせられていた場所を振り返る。自分の持ち物が無いかと確認し、花びらの吹き溜まりの方もくまなく探したが見当たらない。自分は殺されたようなものだから当たり前かと笑いが込み上げる。
 ここに居ても仕様がない。
 私は中庭の向こう側に見える白い石造りの入り口が見えるので溜め池の前を通りすぎようとした。草花が生い茂っているので足が上がりづらい。自分の今の体だとさらに足が上がらなかった。何度か草に引っ掛かっては転びそうになりながらも溜め池の中庭を何とか通った。
 虫は草の中を飛び回っては草に止まる音だけを残す。
 しばらくして、上空から鳥の羽ばたく音が大きく聞こえたので見上げた。
 トリが群れて飛んでいる。廃墟の中庭で丸腰で立っている私がいるのにも関わらず、私を見もくれずに通り過ぎて行ってしまった。
 私はこいつらにさえ、迎えに来てもらえないのかと含み笑いをした。喉が渇いてくっつくような感覚がし、笑うと咽た。
 私はまた空を見て、飛び去って小さくなっているトリ達に向かって叫んだ。
 
「私は丸腰だぞ! ほら来いよ!」
 
 精一杯しゃがれ声で叫んだ。
 それでもなおトリは振り向かなかった。
 自分の声がこだまとなって響いて終わり、私はさらに吐きそうになるほど咽せ、片膝をつき、喉を両手で抑え、落ち着くまでしばし、そのままの体勢にし、咳が治まると胸の真ん中を優しく抑えて、小さく呟いた。
 
「……ジェーンはいない」
 
 自分が酷く情けなく感じた。
 なら、迎えに来ないならこっちが行けばいい。地の果てまで。
 
 頭を上を向け、静かに立ち上がり、朽ちた石造りのアーチ状の入口に向かい中庭から立ち去った。

#AlaterandSacrifice

012/Altar and Sacrifice


 霧がかった景色に光が射す。

 雲がまだ厚く残っているが空が見える。地平線の空は紺から青紫へ、桃色から橙色と上を見れば段々と空が移り変わっている。私は静まり返った砦の前に立ち、胸に手を当て、それから腰の鞘に納めているミゼリコードの柄を軽く触れ深呼吸をし、砦の前から立ち去った。

 ヴィクトリア隊長との待ち合わせは、砦の中ではなく、ここから少し離れた隠れた場所である。
 風は相変わらず強く、私の背中を押す。開けた草地は風により棚引かせ、草がそよぐ。草地の鳥の鳴き声や虫の鳴き声もかき消すように。
 待ち合わせ場所は砦の少し離れた林の中の道に入り、林の中の道は木の影で薄暗い。道を抜けるとそこには小さな木造の小屋があった。屋根にはところどころ草や苔が生えている。
 壁も朽ち始めている。当分、誰も手がかけなかったのだろう。小屋の周りには白い花が所々咲いている。茂みには赤い木の実がついていて、鳥が啄んだような箇所があった。
 
 私は姉がいるかと辺りを見回し歩いた。さっそく小屋の扉を開け、中を確認した。小屋の中は使い古された簡易な寝泊まりをする家具一式があり、天井には蜘蛛の巣が張り、獲物を待ち構えている蜘蛛だけで中には誰もいなかった。
 ジェーンはいるのかともう一度、小屋の中を見回したがいない。古ぼけた木製の家具が薄闇の中にあるだけだった。
 
 そうだ、私が殺した。

「畜生!」

 咄嗟に後退りながら小屋から出た。扉が壊れるぐらい勢いよく閉めた。閉めた音が大きく、夕暮れの空と林に響く。

「もう少し、静かに閉める事は出来ないのか」
 
 背後から嫌でも聞き慣れた声が聞こえた。振り返るとヴィクトリア隊長が腕組をしながら、片足に体重をかけて立っていた。
 
「はぁ……! はぁ……!」

 私は息使いが荒くなり、二の腕を押さえ、上半身は丸まっていた。その様子を姉に見られたのが恥ずかしくなり姿勢を正した。ゆっくりと。
 
「……いないかと思ってたよ」
 
 私は眉をひそめながら言った。
 
「取って来たか」
 
 私の姉である冷たい鳥の仮面の向こう側から発した第一声だった。姉は腕組をしながら続ける。
 
「よくやった。それでどこに?」
 
 相変わらずだため息をついた。
 
「白々しい」
 
 私は眉間に皺を寄せ、眉をひそめながら、手を胸に当てた。姉のヴィクトリアの視線が私の胸に突き刺す。
 
「帰りが想定より遅かったから、本当に心臓を取って来たのかが懐疑でね」

 ヴィクトリアは空を仰ぎ、また私に視線を向ける。
 
「何せジナヴラ、あなたが帰って来るまでに18日間かかった」

 腕組が緩み崩れ、片手に腰を当てた。体重をかける方の脚は変わらず、銀の右足に体重をかけている。
 
「知ってる顔の……しかも友人に手をかける事に躊躇が無い訳が無いだろ……」
 
私は姉の仮面から夕暮れの空へと見上げた。空は紺色に移り変わっていく。また仮面へ視線を戻した。
 
「通りすがりの人に介抱してもらってね」
 
 冷たい鳥の仮面は軽く首をかしげた。この受け取れる仕草からしては逃げたと思っているだろう。当たり前だ。こんなの逃げたくなるに決まっている。
 
「それなら、あなたを介抱した人へ礼をしなければならないな」
「礼なら、もうとっくに済ませたら」

 私はにやりと笑い、胸に当てた手で眉間に持っていき抑えた。深呼吸をし、息を深く吐いた。腰の鞘からミゼリコードを抜き、目の前に立つヴィクトリア隊長に差し出した。
 
「ほら、とっととやれよ」
 
 どうせ殺されるなら、自分が今まで使って来た物が良い。最期に私のわがままを通せられるのなら。
 ヴィクトリアは剣の柄を銀色の手で掴もうとしたが、かざした。伸ばした右腕は肩まで銀色が続いている。銀の手は私が剣を差し出している方の手に触れた。私は思わず手を引きそうになったが剣の柄を強く握り、姉の仮面に眼つけた。ヴィクトリアはゆっくりと私の手を撫でながら、剣の柄を軽く握った。視線は剣から私の顔に移った。
 
「らしくない」
 
 そう言って、ヴィクトリアは私の剣を離した。私は何で期待していたのだろう。目を閉じ、溜息をついて剣を持つ片手を下げた。
 
「わかってくれるとは思っていたんだけどね」
 
 私がまた目を開けると、ヴィクトリア隊長は静かにミゼリコードを構えて立っていた。剣の引き金を引き、慈悲の雫は刃を伝い、薄暗い林の中のわずかな光を集めて反射している。私はそれを見て逆手に持っていたミゼリコードを構え直した。
 
「……気が変わったか」
「らしくないって言われたら、そうしてやろうってだけだよ」
 
 片手に持った剣の刃でヴィクトリアの胸に指した。刃とヴィクトリアの革の胸当てに針を刺す程度に当てた。それに対し動じず、銀の手で握り、金属同士のこすれる音が辺りに響く。
 ヴィクトリアは銀の片手で私の剣を勢いよく跳ね除けた。私はその反動で大きくよろめき、後頭に倒れた。その時に持っていた剣も手放してしまった。剣は林の茂みの前の地面に見事に突き刺さった。突き刺さった剣を横目で見た後、見下ろしている姉が仁王立ちで私の顔を覗いている。私は姉と目が合ったような気がしたので捨て台詞を吐いた。
 
「薬たっぷりで頼むよ」
 
 私は意地で鳥の仮面を見続けた。
 ヴィクトリアは黙って、ミゼリコードの溶剤の入ったシリンダーの引き金を静かに強く引き、刃につたう慈悲の雫が地面を打つ音が聞こえた。ミゼリコードを両手に逆手に持ち、私の胸に当てた。
 服が冷たく張り付く。剣を胸から少し浮かした後、勢いよく私の胸に突き刺した。胸に鋭い痛みを感じた後、少ししてから痛みを感じなくなった。残るのは冷たい異物感だけだった。見える景色がぼやけてきた。
 これでジェーンの後を追える。
 姉は鳥の仮面を外した。仮面を外している所を見るのは数年ぶりだ。視界が強くぼやけているので顔がよくわからない。
 見えるのは剣の反射した光だけで私は静かに目を閉じた。 闇だけになり、聞こえる音は草木同士こすれあう音と金属同士のこすれる音だけで、その音も徐々に聞こえなくなった。残るのは静寂となった。

#AlaterandSacrifice

011/Altar and Sacrifice


 白薔薇隊の掟、人を殺めてはならない。

 相変わらずの曇り空で風が時々強く吹いては草や木の枝同士の叩く音が響き、天使達の死骸がある場所を決闘場として、拍手を送っているようにも聞こえた。
 私は兵士で相手は僧侶。いや、元白薔薇隊の兵士か。互いの刀と剣は薄い日の光を反射させている。
 喪服の僧侶はゆっくりこちらに向かい、歩きながら話した。刀を構えながら。

「返してもらいましょうか」
 女は私に睨み言い放った。私は半笑いを浮かべた。

「嫌だと言ったら……?」

 僧侶は刀を構えながら、風のように飛び走り、刀を私に向けて振り落とした。私は咄嗟にミゼリコードで受け止めた。刃同士の軋む音が響く。僧侶は声を荒げ、力強く刀を押す。
 
「あの時、躊躇しないで取ってしまえばよかったわ!」

 私も抵抗する力を入れる。

「もう遅いんだよ!」

 目一杯、ミゼリコードで僧侶を押し返し、反動で後ずさらせた。痛いぐらいに奥歯に力が入り食い縛る。

「ジェーンを返して!!」

 僧侶は金切り声をあげた後、目を片手の袖で擦り構え直した。目が潤み、片方の袖で目を擦った所の布の色が変わっていた。

「私を介抱してた時にいくらでも出来ただろ!」

 私は怒鳴り声をあげ、続ける。
 
「何故やらなかった!」

 ミゼリコードを片手で僧侶に指し言葉を投げかけた。投げかけて返って来る言葉は答えにならなく無駄だった。
 
「ジェーンを返してっ!!!!」
 
 僧侶はまた私に向かい、刀は風を斬る。決闘場は刃と刃の叩き合う音が鳴り響き、刃は薄い日の光を何度も反射させる。
 僧侶の刀は激しい。だが今までして来た天使狩りの疲れと私を目の前にして冷静さを失っているのがわかる。僧侶の刀に出ているので私は守りに徹し、反撃の機会を伺いながら攻撃を受け止める。雑だが、やはり只者ではない。
 僧侶はなりふり構わずに刀を振るっては受け止める度に金属同士のぶつかる音が何度も響き、次第に隙が多くなった。大きく降った後に隙が出来ている。私はそこをついた。
 僧侶はまた刀を大きく振るう。
 
 よし、今だ!
 
 私は僧侶の刀をはね除け、僧侶はよろめいた。その隙に素早く腹にミゼリコードを深く斬りつけた。斬りつけた拍子に血の雫が飛び散り、地面を叩いた時は花びらのように見えた。
 僧侶は立ちすくみ、片手で腹の傷口を押さえながら、刀を取りに行こうとしたのか後ずさろうとした後に仰向けに倒れた。
 私は倒れた僧侶にゆっくり歩き近づき、相手の傷口に向けて剣を指す。それを見た僧侶は諦めたのか目を瞑った。

「仕返し出来て清々したよ」

 私はミゼリコードの引き金に手にかけた。手にかける前に名前だけは聞いておこうか。
 
「あんた、名前は?」
 
 僧侶は眉間に皺を寄せながら、目を瞑ったまま、口を動かした。

「……ビルギット」

 僧侶は腹の痛みに耐えながら名乗った。私に答えが帰って来た。私はミゼリコードの引き金を強く引き、液体の薬を腹の傷口に垂らした。雫は剣を伝う。
 横たわってるビルギットと言う僧侶のロングスカートの裾に手をかけた。手にかけた時、ビルギットは目が開き、目線を私に向けた。何か物言いたげな顔をしているが、さっそくの薬の効果で声が出そうにも出せずに荒い呼吸音だけが聞こえる。
 
 お前、私にやった事を忘れたのか?
 
 私は勢いよくスカートの裾を一部破いた。破いたスカートだった布は包帯状にした。ビルギットのロングスカートが膝ぐらいのスリット状になり、ビルギットの傷とアザだらけの片足が少し覗いた。私は破いたスカートの布でビルギットの腹部の刺し傷に止血して布を巻いた。
 ビルギットは相変わらず何か言いたげに呼吸を荒げながら、起き上がろうとしている。その様子は青虫みたいにもがいている。

「暴れるな」

 ビルギットの腕を掴んで押さえ、私の体が彼女に覆い被さるように押さえつけた。
 
「言っておくが殺すつもりはない」
 
 私は押さえた腕の力を緩め放し、彼女の体から自分を退いた。止血した場所は血が滲んで赤くなっている。ビルギットは薬でなのか悩ましげだが、どこか安心しているかのような顔をしている。私は
彼女の元から立ち上がり見下ろした。
 
「それに、一般の人は殺すなという掟がある。私はそれを守る」
 
 ビルギットは私の方を見て、待てと言わんばかりに片手を伸ばした。私は何もせず、自分が刺した女のその場から立ち去った。
 風が強く吹きあがり、羽が舞う。風の音と共にあの鳴き声が遠くから聞こえる。あの汚い鳴き声がどんどん近くなっているので、私は立ち止まって空を見ると、後ろを振り向いて遠く小さくなったビルギットに白いトリ達がビルギットの上空に弧を描きながら飛んでいる。

 天使が来た。
 
 トリのような見た目をしている天使は鳴き声をあげながら、私が刺したビルギットの方へ一〇匹舞い降りて来た。仲間の死骸が転がっていると必ずやって来る。
 トリの群れの汚い鳴き声は獲物を見つけた歓声に聞こえた。ビルギットは天使の餌食にならまいと必死に刀を手にかけ、上半身を起き上がらせた。体に力を入れた影響で止血した腹部から、さらに血が滲んでいる。
 必死に刀を振り回して追い払おうともがき、刀を振り回した不意に一〇匹中の二匹のトリがビルギットの振り回した刀が翼に当たり鳴き喚いて飛べなくなった。

 けっこうやるものだな。
 これだけ元気があれば、彼女は生き残るだろう。掟は守った。
 後は私が知ったことではない。
 
「死骸を片付けろというのは、こういう事だよ」

 私は振り返らず、そう言い残して、静かに天使の死骸がある決闘場を後にした。決闘場は生きたままの鳥葬の場となった。
 風が強く吹き、天使の羽が雪のように舞った。

#AlaterandSacrifice